りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

夏の砦(辻邦生)

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北欧の都会にタピスリの研究に訪れ、荒れる海で突然消息を絶った支倉冬子が死の直前に到達した境地とはいかなるものだったのか。著者の第2長編である本書は廻廊にての主題をさらに推し進めた作品です。

織物工芸に携わっていた母の自殺、没落していく旧家、燃え落ちる納屋などの、幼い頃から自我に目覚めていたと思しき少女時代の冬子の記憶を執拗なまでにたどる前半は、彼女が内面に抱えていた「荒涼たる孤独」の背景を説明するにとどまりません。それは、やがて「特別の瞬間」に関わっていく重要な部分と
なっていきます。

「暗黒の虚空でただ力業によって自分の世界を支える芸術家」となることには違和感を覚えながらも、自分が目指す方向を見出せないまま現実と美的世界の狭間に落ち込んでいた冬子は、奔放な少女エリスと出会って自分を取り戻していきます。エリスの役割は『回廊にて』のアンドレですね。

北欧の街、ギュルデンクローネの城館、仮面舞踏会の夜の事件などが、冬子の過去と呼応しはじめます。都会や城館のいたるところから自分の過去の断片を拾い集めた冬子に、「グスターフ侯のタピスリ」を前にしての「特別の瞬間」が訪れるのでした。

彼女は感じたのです。現実をありのままに見ることは現実を見る多くの見方の中のひとつにすぎず、自分の心情、自分の眼差し、自分の属する世界を失ってはならないと。そして魂の高揚が事物の上に光を投げ、眼には見えない言葉を読みだすことが人間らしい仕事なのだと・・。確かに彼女は見たのです。「グスターフ公のタピスリ」の中に永遠を・・。

「創作ノート抄」を含む文庫版で再読して、完璧な構成に改めて感じ入りました。

2012/1再読