りぼんの読書ノート

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断絶(リン・マー)

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中国発の未知の病「シェン熱」に襲われた世界・・というと現実とリンクしたパンデミック小説のようですが、本書は感染症の蔓延と戦う物語ではありません。この病は克服できるものではなく、世界はひたすら滅亡へと向かっていくのです。

 

語り手の中国系移民キャンディスは、ニューヨークの出版会社に勤務していた女性。オフィスや街から人々が消え去ってもそこに残って「NYゴースト」という写真ブログを発信していたもののついに断念。シカゴの「施設」に向かうという生存者グループに入れてもらってニューヨークを脱出するのですが、そこまでの道のりは苦難の連続。そいて「施設」とやらも安全を保障できるものではありませんでした。しかも彼女は妊娠していたのです。

 

現在の物語の合間にキャンディスの過去が挿入されていきます。6歳の時に中国の福建省からユタに移民した両親に呼び寄せられた彼女は、中国とアメリカのどちらにも馴染めない青春時代をおくりました。小説家を目指した恋人と別れ、写真家の夢を捨てて就職したという彼女の過去は、いくつもの「断絶」の繰り返しだったのです。そんなキャンディスの日常は、習慣としていた所作を死ぬまで繰り返すゾンビとなる熱病の感染者とどれほど違うというのでしょう。

 

生まれてくる子供のために、牢獄と化した「施設」を脱出する決意をした彼女の未来は、決して明るいものとは思えません。しかし生まれて初めて自分の意志で「断絶」を成し遂げたキャンディスが母となり、映画「アイ・アム・レジェンド」のウィル・スミスのように大都会で生き延びて、やがてはどこかにあるかもしれない楽園にたどり着く未来を想像してしまうのです。

 

2021/10