りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

なずな(堀江敏幸)

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東京での会社を辞めて地方の町の小さな新聞社に勤める40代の男性・菱山の生活は、生後2ヶ月半の姪「なずな」によって一変させられてしまいました。旅行会社勤務の弟が事故にあって海外で入院、義妹も感染症で入院とのことで、幼い姪を預かることになったのです。

冒頭で育児に疲れた菱山がやかんを火にかけたまま居眠りして火事を出しそうになり、なずなへの白煙の影響を気にしたときに、知人の看護師からかけられた言葉への感想が、本書を貫いて流れる主題なのでしょう。「まっさらで汚れるしかないものに対しては、悪い汚れよりもよい汚れをつけてやったほうがいい」。

のんびりした地方の町とはいえ、「汚れ」とは無縁ではありません。人の流れは郊外のショッピングモールへと変わりつつあり、道路計画や観光開発もあり、利権が絡むようなこともあるのです。小児科医のジンゴロ先生、出戻りの娘で看護師の友栄さん、日刊紙経営者の梅さんや同僚たち、階下の喫茶店の瑞穂ママなどの登場人物もそれぞれの人生を歩んできた中で、決して「汚れ」と無縁の存在ではないのです。

でも、どうせなら「よい汚れ」・・それはどういうことなのか、読者は主人公と一緒に考えていくことになります。

赤ちゃんの世話をしている中で、菱山の「世の中」を見る視点が変わっていきます。物言わぬ赤ちゃんが重力を持っているかのように自然と一座の中心となることに気づき、知人や地域社会の人々を頼りにすることも増える中で、今までとは違う形での交流も始まります。「世の中」に対する冷静な観察者ではいられず、否応なしに「世の中」の関わり合いに引きずり込まれていくんですね。

わずか数週間の「イクメン生活」を丁寧に描くことによって、「かけがえのない人生」に思いを馳せるところまで読者を誘ってくれる作品でした。なにより、赤ちゃんの「なずな」の描写が、臨場感たっぷりなんですよね~。

2011/7