15歳のケイダンは、海賊船に乗って地球で最も深いマリアナ海溝のチャレンジャー海淵に向かっています。船員たちに奇妙な指令が次々と発せられる中では、片目の船長と、船長が飼っているオウムが反目しあい、ケイダンの相談相手になってくれるのは掃除係りと航海士と、船首の乙女像カリオペだけ。しかも行く手には深海に棲むモンスターが待ち構えているというのです。
一方でケイダンは、ごく普通の高校生でもあります。しかし、学校では誰かに殺されそうという妄想に囚われ、夜では家のキッチンのテーブルの上に縛り付けられて両親の仮面をかぶったモンスターから襲われる夢を見てしまいます。
いったいケイダンに何が起こっているのでしょう。実はケイダンは精神疾患の深淵に落ち込みつつあり、両親によって精神病棟に入院させられることになるのです。海賊船の妄想やキッチンの悪夢は、ケイダンが見た現実世界の投影にほかなりません。読者はやがて、オウムが主治医であり、掃除係りはボランティア職員であり、カリオペや航海士は入院仲間であることを知らされるのですが、では船長とは誰なのでしょう。
現実と妄想の境を見失ったケイダンは、やがて海賊船から深海へと潜って行きます。両親、妹、主治医、ボランティア、心を通わせた何人かの入院仲間たちとの「ほんの少しずつの細い繋がり」は、ケイダンを深海から引き揚げてくれるのでしょうか。
著者は、かつて精神疾患の深淵に落ち込み、そこから復活した自身の息子の体験を基にして本書を綴ったと述べています。深淵まで行ったことのある人にとっては心の癒しに、幸いにもそのような経験をしたことがない人には闘病者への理解が増すようにという願いが、本書には込められているのです。
2018/1