りぼんの読書ノート

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プラヴィエクとそのほかの時代(オルガ・トカルチュク)

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舞台となるプラヴィエクは、ポーランド南西部の国境地帯にあるとされる架空の村のこと。ここは宇宙の中心であり、四方を守護天使たちに護られているものの、激動の20世紀の世界情勢とは無縁でいられません。物語が始まった時にロシア領であった村は、やがて独立ポーランドの一部となります。後にはドイツとソ連の戦闘の最前線となったり、東欧ブロックの一部とされたり、連帯運動が起こったりと、世界は村を放っておいてはくれないのです。しかし村を決定的に変容させていくのは、村人たちの動向です。

 

本書は、「天」を意味する「ニェビェスキ」一家と「神」を意味する「ボスキ」一家が結びつき、彼らの子孫たちが世界に向かって出ていく物語といっても良いでしょう。ミハウとゲノヴィファのニェビェスキ夫婦が生んだミシャは、やがてボスキ家の長男パヴェウと結婚。彼女が生んだ子供たちは皆、村を去ってそれぞれの家族を持って村には帰ってきません。没落領主ボピェルスキも、浮浪女クォスカの娘ルタも、パヴェウの姪も同様です。やがて1980年代後半になって、末娘のアデルカが父親のしれない娘を連れて何処かへと去っていくところで物語は終わります。

 

人々の系譜は男系ではなく女系で結びついているようです。それは垂直的な関係ではなく、菌糸によって水平的に広がっていくキノコに例えられています。上も下も始まりも終わりもなく、勝利も変革も意味を持たず、ただただ護り、与え、繋げていく場所であるかのようなプラヴィエクは滅びてはいません。むしろそこから生まれ出た菌糸が世界へと広がっていくと理解したいものです。著者の母国であるポーランドは多くのウクライナ難民を受け入れましたが、男系家父長の象徴ともいえるプーチンの支配を打ち砕くものは、菌糸のように結びついたネットワークだと信じたいものです。

 

2022/5