りぼんの読書ノート

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満州国演義3 群狼の舞(船戸与一)

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壮大な歴史クロニクルの第3巻では、1932年3月の満州国建国から、熱河作戦を経て塘沽停戦協定が結ばれるまでの1年半ほどが描かれます。満州国建国に沸く国内の熱狂と現地で目にする理想と現実の差を背景にして、主人公の敷島4兄弟が満州に抱く思いも、それぞれ微妙に変化していきます。

外交官の太郎は、政府と外務省を無視して暴走していく関東軍を苦々しく思っていましたが、「新しい国づくり」にロマンを感じはじめます。リットン調査団の「結論」を気にしながらも、いつしか、軍の山海関占領や熱河侵攻を支持するようになっていくのです。そんななかで、「満州の明るい未来」を名前に込めた、長男の明満の病死は何かを象徴しているかのよう。

馬賊頭領の次郎は、満州国建国によって逆に「ロマンの終焉」を意識させられます。満州国関東軍から見た馬賊は「取り締まられるべき匪賊」にすぎず、一方で、馬賊たちを「抗日ゲリラ」として糾合しようとする国民党やコミンテルンの動きが見えてしまうのです。さらに、内蒙古地方やインドの独立を睨んで満州国に協力する勢力もいて、情勢は複雑です。

関東軍憲兵隊中尉の三郎は結婚して、熱河侵攻に参加するのですが、かつて張作霖爆殺や柳城溝事件という「歴史の転換点」に立ち会った感動が蘇ることはありませんでした。軍や兵の乱暴狼藉が「理想国家の建設を台無しにしている」と、取締りを強化するのですが、軍の一部から恨みを買ってしまいます。

四郎もついに特務機関によって満洲に移されます。ロシア語を習得させられ、満州国北辺の「開拓移民村」で通訳として働くのですが、その実態は「武装移民」なんですね。日本国内の農村余剰人口を解決し、低コストで対ソ連防衛を行なうとの政策の現れですが、このツケは終戦時に重くのしかかってくることになります。

さて熱河侵攻は、良質の熱河阿片を入手して満州国の経営を安定させることが目的でした。「大日本帝国のためなら汚いまねもやらかす」と公言してはばからない関東軍特務の間垣が例によって暗躍するのですが、彼の存在が、当時の軍の本質を体現しているのでしょう。間垣によって操られる敷島4兄弟は、軍に操られる日本人のさまざまな姿にように思えます。塘沽停戦協定で河北省北部は軍事的空白地帯となりましたが、そのままでは収まりませんね。次巻にも期待しましょう。

2010/8