りぼんの読書ノート

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満州国演義5 灰塵の暦(船戸与一)

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2・26事件で決起した皇道派を粛清した統制派は、日本を全面戦争へと引きずり込んでいきます。陸海軍大臣の現役武官世制を復活させ、経済の戦時体制化を進め、第二、第三の満州国を作るべく、内蒙古や北支へ向けて謀略を進めていくのです。

そしてついに、盧溝橋事件によって始まった北支での散発的戦闘に続き、上海で本格的な軍事衝突が起こります。これは西安事件によって国共合作を果たし、ドイツ人の軍事顧問によって軍の近代化を進めていた中国側の攻撃によって起きたもののようですが、全体的な文脈の中では、「日本軍=侵略者」と見ざるをえないのでしょう。まして、上海を制圧した日本軍は、次いで南京へと進撃し、南京虐殺を起こすのですから・・。

敷島4兄弟の運命も、歴史の大きな波に飲み込まれていかざるをえません。太郎は外務省から満州国国務院に出向し、満州国建国の「理想」が大きく変貌していることに憤りを覚えますが、現状を追認することしかできません。その歪みは家庭内に現れてきます。

やむを得ず抗日分子掃蕩に手を貸した元馬賊の次郎は愛馬と愛犬を失い、今までの生き方を捨て去るのですが、人生への目的と気力を失っているかのようです。憲兵大尉の三郎は、満州から上海へと視察に来て、軍規の乱れに愕然とします。それはやがて、南京虐殺に繋がっていくものでした。元無政府主義者で今は天津の新聞記者となっている四郎は、通州での日本民間人虐殺を見て戦闘の残虐さを目の当たりにするのですが、初の戦争取材に出た南京では、その比ではない大虐殺を目撃するのです。

石原莞爾武藤章東条英機板垣征四郎辻政信岸信介鮎川義介ら歴史の主役たちの思惑をも超えて、生き物のように広がっていく「戦争」の前では、敷島4兄弟につきまとう、スメルジャコフ的な特務機関員・間垣の存在すら霞んでしまうほど。いよいよ「歴史」そのものが、小説の主人公に躍り出てきたかのようです。既刊の1~5巻まで一気に読んでしまいましたが、続巻はいつ出るのでしょう?

2010/9