りぼんの読書ノート

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熊を放つ(ジョン・アーヴィング)

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アイオワ大学でのライターズ・ワークショップ時代に書かれた、アーヴィングのデビュー作。1968年に刊行されましたが、売れ行きはさんざんだったとのこと。でも本書には、後に『ガープの世界』で花開く「圧倒的な物語」の萌芽が見て取れますし、「ウィーン」とか「熊」とか「リンゴ園」といった得意のモチーフも既に登場しています。ひとことで言うと「若々しい魅力的な小説」なんです。アーヴィングさんのファンには、お勧めです。

物語の本線は、とってもシンプル。ウィーンの学生グラフが、破天荒な青年ジギーとオーストラリアの田舎をバイク旅行してガレンという女の子と出会うものの、ジギーは事故死。残されたグラフはガレンと一緒に、ジギーが果たせなかった「動物園解放」を行なうというもの。でもジギーの両親が出会うまでの過程と、彼が動物園襲撃を思いつく過程を交互に描いた「第2部」が、本書に「圧倒的な物語性」を与えてくれるのです。

ジギーの母親となるヒルケは祖父とともに、オーストリア政府がナチス・ドイツに屈した日にウィーンを脱出します。彼らに同行したのは、ナチスに抗議してトリ男(双頭の鷲ですね)となった知人のエルンスト・トレマーであり、残ったのはヒルケの恋人であったツアーン。一方、クロアチアファシスト党ウスタシと、王党派パルチザンのチェトニクと、チトー率いる共産党パルチザンが、侵攻してきたドイツ軍を交えて四つ巴の戦いを繰り広げているユーゴでは、ヴラトノ・ヤヴォトニク青年が、ドイツ軍オートバイ部隊の偵察隊長で、レーシング・チームの整備工であったゴットロープ・ヴットとともに逃亡しています。何から?・・世界の全てから。

敗走するドイツ軍に紛れてウィーンに逃げ込んできたヴラトノは、ソ連占領下のウィーンに戻ってきたヒルケと結ばれ、ジークが生まれますが、やがて両親とも姿を消してしまいます。ひとり残されたジークを育てたのは、かつてのトリ男・エルンスト・・。

荒削りですが、魅力的です。なぜジギーが、次いでグラフが「動物園解放」なんていう突拍子もないアイデアを抱いたのか、全然理解できませんが、説得されてしまいます(笑)。ヒーツィング動物園で、小型哺乳動物たちを互いに憎み合わせていた警備人のシュルットは、元ウスタシの協力者であったトドール・スリブニカだったのか、これも全然わかりませんが、そう思わされてしまいます(笑)。「解放」された動物たちに現実の世界は厳しかったけれど、アジアクロクマはウィーンの森のどこかで繁殖しているのかもしれません。

2010/8