りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

アニルの亡霊(マイケル・オンダーチェ)

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現在もまだ状況は流動的ですが、1980年代以降のスリランカは、南部の反政府過激派と北部の分離独立を求めるゲリラがともに政府軍に宣戦布告をし、内戦状態に陥っていました。政府軍による掃討も激しく、「組織的な大量殺人」が行われているという訴えを調査すべく、ジュネーブの人権機関が派遣した女性法医学者が、主人公のアニルです。15年ぶりの帰郷でした。

アニルは、政府役人の考古学者であるサラスと組んで調査プロジェクトを開始するのですが、古代遺跡から新しい人骨が発見されます。謀殺の証拠になりうるとして、頭部を復元して犠牲者の身元を割り出す試みが始まるのですが・・。

いかにもオンダーチェの作品らしく、アニルの過去の記憶のみならず、さまざまな時点のさまざまな視点から、物語は進行していきます。弁護士の家に育った考古学者のサラス。彼の弟で、何かを振り払うかのように戦闘の犠牲者たちを治療し続ける医者のガミニ。サラスの恩師で、盲目となって後は樹海の奥深くに隠棲しているパリパナ。妻を内戦で失う前は仏像絵師であって、人骨の頭部復元を依頼されるアーナンダ。

暗い闇の中から浮かび上がってくるのは、夥しい数の死者の物語です。時間と記憶と暴力について静かに語っているこの小説は、スリランカに生まれてカナダで著作活動をしているオンダーチェさんが、内戦で荒れ果てた祖国に向けて奏でる鎮魂歌のように思えてきます。

しかし、それだけではありません。絶望的な状況ではあるけれど、祖国という空間に時間を越えて伝わっている、叡智や尊厳というものも、まだ死に絶えてはいないのですから・・。

2010/4