りぼんの読書ノート

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犬の力(ドン・ウィンズロウ)

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『LA4部作』で有名なエルロイが絶賛したというのも頷けます。メキシコ経由でアメリカに流入してくるコカインを追うDEA捜査官アート・ケラーと、麻薬カルテルの支配者バレーラ一族(叔父ミゲル、兄アダン、弟ラウル)との30年に渡る抗争の物語。

イラン・コントラ事件、北米自由貿易協定(NAFTA)の実現、メキシコ通貨危機、メキシコ地震からの復興資金、大統領候補の暗殺事件、元大統領の兄弟の逮捕などの歴史的事実。これを「麻薬カルテル」という視点から見ると、全く別の姿が現れてくるのです。

凄すぎる。まさに神技。エルロイがアメリカン・タブロイド』で、マフィアが「ビッグズ湾事件」を通じてケネディ政権と深く関係を持ち、ついには大統領暗殺にまで至る物語として紡ぎあげた偉業を髣髴とさせてくれます。

メキシコのパワーはアメリカとの長い国境線にあると着目して、ケシ畑の壊滅に落胆せず、密輸業に専念して力を蓄えたバレーラ一族。彼らが率いる麻薬カルテルは、ニカラグアへの武器輸出の仲介や、中米全域を対象とした反共活動に携わることで当局のお墨付きを得て、ついには国家の富や政治を左右するまでの存在へと成長していきます、

それだけでも十分に魅力的ですが、本書の魅力はそれだけではありません。カルテル勝利者となるバレーラ兄弟に対するアート・ケラーの執念という構図に加えて、ニューヨーク育ちの真面目な殺し屋カラン、ローマから異端の烙印を押されるフェン神父、神父と清廉な友情を育みつつも、アダンの愛人かつ密告者となる高級娼婦ノーラ、メキシコ版アンタッチャブルを組織してアートと共闘するラモスなどの、多彩な登場人物を生き生きと描き出しているから、物語に厚みと深みがでるのです。

終盤近くでカランとノーラが再会し、カランは17歳から悪事に染まっていった軌跡を、ノーラは15歳からの転落の日々を、互いに全て打ち明けあいながらも愛し合う場面は、感動的ですらありました。

密約と腐敗と謀略と暗闘と裏切りと処刑の中で、主要登場人物たちも次々と姿を消していき、最後の最後まで、誰が勝利者となるのかわからない展開には息を呑みます。「犬の力」とは、聖書に登場する言葉で「悪意を持った力」との意味があるとのこと。麻薬カルテルすら操る、さらなる巨悪とはいったい何だったのか・・。素晴らしい作品でした。

2010/1