りぼんの読書ノート

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ザ・ボーダー 上(ドン・ウィンズロウ)

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アメリカの麻薬捜査官アート・ケラーを中心に据えて、メキシコの麻薬カルテルとの壮絶な戦いを描いた大河群像劇が完結しました。第1部にあたる『犬の力』は1975年に始まり、メキシコ麻薬カルテルの誕生と第2世代にあたる宿敵アダン・バレーラへの継承、そして最初の闘争に勝利するまで。第2部にあたる『ザ・カルテル』は脱獄して王座に復位したアダンの対抗勢力との激しい戦争を経て、2012年にケラーとアダンの戦いが決着するまでが描かれました。

 

本来であればこの物語はそこで終わっていたのでしょう。著者に第3部にあたる本書を執筆させた動機は、トランプ大統領の誕生というアメリカの変貌にあったようです。とりわけ、全ての移民を犯罪者扱いしてメキシコとの国境に壁を作るという公約の愚かさは、本シリーズのテーマと直接関わっているのです。

 

アダン亡き後のメキシコではアダンが作り上げた「秩序」が崩壊して、麻薬カルテル玉座を巡って再び激しい抗争が勃発。中心になるのはアダン世代の幹部の息子たちにあたる第3世代ですが、20年の刑期を務めあげて復活してきた第1世代の人物も大きな役割を果たすことになります。勝負を分けるものは武力に加えて資金力であり、各派はこぞってアメリカでの販売ルート拡大に走ります。かくしてメキシコでの戦争はアメリカ国内へと飛び火していきます。

 

一方のケラーは、メキシコ麻薬戦争の激戦地フアレスで勇敢な女医であったマリソルと結婚して第一線から退いていましたが、彼の実績を評価する政界の実力者たちに乞われて麻薬取締局(DEA)局長に就任。彼がオファーを引き受けた背景には、従来の麻薬対策は失敗であり、方針を変更しなければならないという強い想いがあったのです。問題は売り手のメキシコではなく買い手のアメリカなのであり、資金流出に狙いを絞るべきであると。銀行屋に目を付けたトップダウンと、ニューヨークでメキシコ麻薬の受け手を捜査するボトムアップの2つの囮捜査作戦が開始されますが、どちらも極秘裏に進めなくてはなりません。ケラーは既に次期大統領選に向けて勢いを増している候補者から敵視されており、DEA内部にも反対勢力が多いことを自覚しているのですから。

 

壮大な構想にも、細部の描写にも、現実社会との深い関りにも圧倒される、かつて類を見ない犯罪小説は、どこに向かい、どのように着地するのでしょう。

 

2021/3