りぼんの読書ノート

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帰郷者(ベルンハルト・シュリンク)

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母子家庭で育ったペーターが祖父の家で見つけた、雑誌の断片に書かれていた「帰還者の物語」。ロシアから帰還したドイツ兵が自宅で見たのは、突然の夫の登場に驚愕する妻と、妻に抱かれる幼い少女。さらに怪訝な顔をして妻の肩に手をかけている見知らぬ男性だった・・という場面で途切れていたのですが、ペーターは、その物語がどのような結末を迎えたのか、妙に気になって仕方ありませんでした。

 

「これは死んだと聞かされていた父親の実際の物語ではないか」との考えにたどり着いたペーターは、過去の記録を調べ始めますが、唯一わかったのは、この小説のモチーフがトロイ戦争から帰郷したオデュッセウスの物語だったということ。

 

しかし皮肉なことに、成人したペーターを待っていたのは、物語を地でいくような運命でした。愛するようになった女性は、帰還したドイツ兵を出迎えた母親に抱かれていた少女だったのか。見知らぬ男に寄り添っていた妻のもとから逃げ出した男は、生きているのか。やがて、愛するようになった女性が別の男性の帰還に喜ぶ様子を目撃したペーターは、彼自身が父親のゆくえを追う放浪者となって、女性のもとから去っていきます。

 

帰還した放浪者と、待っていた女性と、その女性を愛した別の男性。「運命的な三角関係」はどのような結末に向かうのか。不安に掻き立てられているのは誰なのか。そもそも、放浪の旅とは、愛するものの許から去ることなのか。帰還者は、再び放浪に出ないのか。帰還したオデッセウスが、結局は金毛羊を探す新たな冒険に出たように・・。

 

帰還を巡る物語の縦糸は、ナチス問題という横糸と絡まりあっていきます。静的な朗読者の世界から一転して、動的な展開がある物語ですが、どちらの作品も時代の中で揺らいでしまったアイデンテティの問題であることは共通しているのです。

 

2009/6読了