りぼんの読書ノート

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リヴァイアサン(ポール・オースター)

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製作中の爆弾が暴発して、路上で死亡した身元不明の男。著者自身を思わせる主人公は、その男が長年の友人であることに気づき、彼の人生と主張の再構築を試みます。その男サックスは、いったい何に絶望し、なぜテロリストになったのか。

もっともテロリストといってもサックスの場合には、アメリカ各地にある「自由の女神像」を爆破してまわっていただけで、人命を殺傷してはいません。(このあたり、当時はまだ逮捕されていなかった「ユナ・ボマー」とは違っていますね)

かつてベトナム戦争を忌避して実刑に処せられ、刑務所内で近現代のアメリカ史を題材にした小説を著し「アメリカは道に迷ってしまった」と結論付けたサックスの目には、利己主義と不寛容に満ちて、力こそ正義といわんばかりのアメリカ至上主義に陥っていたレーガン時代は、まさにリヴァイアサン(怪物)として映っています。それはもはや「自由の女神」が象徴している民主主義、自由、法の下の平等といった理念に相応しくないということなのですが、人はそれだけでテロリストになるものではありません。

ニューヨークの自由の女神像から落下しかけた幼児体験、破滅した結婚関係、不倫願望を抱いたときに転落事故にあって「啓示」を受けたと思い込んだこと、そして再び執筆活動に取り組むようになったサックスに、決定的なダメージを与えた「事件」。これらの出来事が全てあいまって結末に「着地」していくのですが、オースターのことですから、そんなにシンプルなことではないようです。

オースターの視点が「私」やサックスを含む複数の人物に分割されていることや、優れた恋愛小説という側面もあり、タイトルの「リヴァイアサン(怪物)」とは、アメリカの醜い姿だけではなく、個人の中に潜み、あるきっかけで姿を現すことのある怪物的な何かをも指して、両義的に用いられているように思えます。

2009/6