りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

逆光(トマス・ピンチョン)

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歴史小説にしてSF、恋愛小説にしてポルノ、テロ小説にして大河家族小説」と紹介文にあるように、第一次世界大戦によって終焉を迎えることになる「19世紀末」という時代を多面的に描いたカオス的小説です。

では「19世紀末」とはどのような時代だったのでしょうか。それは、興隆を極めた資本主義が新たなフロンティアを求めて帝国主義へと怪物的な変貌を遂げていった反面で、激しい労使の対立が無政府主義共産主義を生み出していった時代。それは、万能と思われていた科学がSF的な未来を切り開きつつあった反面で、オカルトや魔術も息を吹き返した時代。

物語は、アメリカ中西部の鉱山で「珪藻土キッド」と呼ばれて恐れられた爆弾テロリストが殺害されたところから、「キッド」の遺児たちの活躍を中心にして大きく動き出します。長男のリーフは賭博師としてアメリカからヨーロッパへと流浪を続け、ダイナマイト技師の次男フランクはメキシコ革命に身を投じ、秀才の末弟のキットは父親の殺害を命じた資本家・スカーズデールの資金で欧州に留学。そして娘のレイクは父親の殺害実行犯と結婚!

3兄弟に絡むのは、いずれも個性豊かで、独自の物語に彩られた女性たち。西部で働いていたエストレーヤに、ゲッチンゲンに学ぶ数学者でスパイのヤシュミーンに、写真家の父親のもとを去った旅芸人の母親を探しに旅立つダリー。

さらに、飛行船「不都号」に乗って世界各地を飛び回る「偶然の仲間たち」が登場します。ロシアの飛行船と戦ってベネチアでは鐘塔を倒し、地球内部の空洞を通って北極に向かい、中央アジアの砂地に潜り、シベリアではツングースカ大爆発に遭遇し、そして、さらなる上空へと向かって「反地球」に到達するという大活躍。

無数の物語を内包する作品ですが、ひとつひとつの物語を追うことに意味はないのでしょう。不可視の都市や、二重に存在する物体や、それを分解できる方解石を巡って、虚数軸を時間に置くベクトル主義者と、三次元空間こそが虚数軸とする四元数主義者が、各帝国のスパイや、無政府主義者や、悪徳資本家たちと入り乱れて争そう「大混沌」こそが主題なのかも・・。

多くの物語を未決着のままに放置しながらも、本書は結末に向かって収斂していきます。それまで狂言回し的な役割と思わせた「不都号」の「偶然の仲間たち」を全体を通じての真の主人公として扱うかのような「荒業」には、騙されたような気にさせられますが、これが美しいのです。ひょっとして、真の主題は「祈り」だったのでしょうか・・。

1700ページを超える超大作です。1週間かかりましたが、読んだ価値はあったと思います。いや、「価値があった」と思わないわけにはいきません。^^;

2011/2