りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

直筆商の哀しみ(ゼイディ・スミス)

イメージ 1

デビュー作ホワイト・ティースでは、ロンドン下町の優柔不断男とバングラデシュ出身の誇り高いムスリムの友情を軸にして、ロンドンのカオスをハチャメチャに笑い飛ばしてくれた著者ですが、中国系の父とユダヤ人の母を両親に持つ本書の主人公は、人種的な矛盾を一身に背負い込んでいます。

でも『直筆商』なんて古臭い言葉をタイトルに用いたのは、たぶん失敗ですね。ずっと図書館で見かけていて気になっていたのに、手を出しにくく思えていたのですから。原題は「オートグラフマン」。著名人の写真などに本人直筆のサインがついた「お宝」をオークションなどで取引する人のこと。

主人公アレックス・リの父親は、息子を連れ出したロンドン郊外でのプロレス興行会場で急死。19年後、その場に居合わせた3人の少年を旧友とし、友人の妹(黒人のユダヤ教徒です)を10年来の恋人にしているアレックス。しかし趣味が昂じて「直筆商」となった今でも、彼の生活は内面的な悲しみに縁取られている一方で自堕落そのもの。彼の精神は「ロンドン郊外」に閉じ込められた「移民的生活」から一歩も抜け出していないのです。

そんな彼に転機が訪れます。それは、少年時代から憧れて純情を捧げてきた、往年のハリウッド女優キティからの招待状。その日が、生まれつき心臓の弱い恋人のペースメーカー交換手術というのに、いそいそとニューヨークへ出かけたアレックスの「(彼なりの)大冒険」は、彼をどう変えるのか?

「直筆」という「シンボリックな存在」を取引する商売はもちろん「虚業」ですが、小説家や宗教家だって「虚業」なのかもしれません。ラストのアンチ・クライマックスは、そういったもの全てを笑い飛ばしているかのよう。

主人公の日常を描いた前半がユダヤ教カバラに基づく構成で、物語が動き出す後半が中国の故事に由来する章立てになっていることも、そんな効果を増すための計算でしょうか。この作家に「計算」は似合わないのですが・・。^^

2009/5