りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

仮想儀礼(篠田節子)

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「信者が30人いれば食っていける。500人いればベンツに乗れる」というのは本当か? ゲーム作家を夢みて仕事も家族も失った正彦は、やはり事業に失敗した元編集担当の矢口と再会した夜、9.11テロで崩壊するワールド・トレード・センターの映像に衝撃を受けて宗教エネルギーの凄まじさを感じ、新興宗教のウェブサイトをでっちあげます。

チベット仏教のエッセンスをつぎはぎしたアドベンチャー・ゲームの原稿を焼き直しただけのいかにもインチキ臭い「教義」なのにネットで噂になり、マンションの一室に手作りの「仏像」を据えただけの集会所に、居場所を求める若者や、家族関係に悩む主婦などが集まり始める。

実直な性格の正彦と、他人に感情移入しやすい矢口の組み合わせは名コンビぶりを発揮し、金銭のことは口にせず、あくまで「素人っぽい常識」を説く戦略は図に当たるのです。新興成長企業の経営者が入信してくるなど、「教団」は発展の一途をたどるのですが、もちろんこのままではすみません。いつしか宗教団体間の弱肉強食の争いに巻き込まれ、メディアからカルトの烙印を押されてしまい、国税の手も伸びて落ち目になった「教団」から金も信者も離れていってしまいます。

ありきたりの小説なら、追い詰められた2人のもとに深い心の傷を負った初期の信者が戻り「私たちは教団を見捨てない」と誓う所で終わるのでしょうが、この本はここからが凄い。暴走する女性信者たちに振り回される2人の末路までもを描いてしまうのですから。篠田さん、男性には容赦ない!

二重三重に架空の世界を描いてエンターテインメント性も高いものの、内容はリアルです。実の父と兄から性的虐待を受ける女性、ホテルで飼われていた少女、新興宗教で洗脳された経験のある女性・・ビジネスの範疇を遥かに超える「心の傷」の深さがリアルに感じられてしまうほどに現実が病んでいることを、あたしたちも日々実感しているからなのでしょう。

本書に登場するテーマは、過去に篠田さんが取り上げたものを一層深く掘り下げた、いわば「お手の物」でもあって、どのパーツもぴったり嵌っています。篠田ワールドの集大成ですね。

2009/3