りぼんの読書ノート

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山田風太郎明治小説全集 1.警視庁草紙・上

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山田風太郎明治小説全集』というのが全14巻で発行されていたのですね。今回その第1巻を読んだのですが、面白すぎます。順次読んでいこうと思います。

この『警視庁草紙』は、初代警視総監・川路利長を先頭に近代化を進めている警視庁と、隠棲した最後の南町奉行・駒井相模守の対立を軸としながら、明治10年の西南戦争へと至る明治初期の世相を、見事に描いた作品です。NHKでもドラマ化されました。

廃藩置県秩禄処分廃刀令など旧制度解体と中央集権制が進む中で、時流に乗った者と乗れなかった者の差が激しくなり、勝者であったはずの旧薩長藩士ですら窮乏していき、不平士族のある者は反乱に向かい、ある者は自由民権運動に身を投じる。もちろん、敗者であった旧幕臣や東北諸藩の悲惨さはそれに輪をかけている。

そんな時代背景の中、斉藤一、長野主善、石出帯刀、河内山宗俊などの旧時代の亡霊のような名前が飛び出してくる一方で、まだ幼い夏目漱石樋口一葉、まだ生まれてもいない幸田露伴東条英機の父親といった、新しい時代を築く名前も現れてくる。まさに「混迷の世相」ですが、これほど面白い時代はほかにありません。松井今朝子さんの銀座開化おもかげ草紙シリーズも、同じ時代を描いています。

次の9編が収められています。
明治牡丹灯籠:冒頭の征韓論が破れて薩摩に出立する西郷を見送る川路利長が印象的。

黒闇淵の警視庁:岩倉右大臣暗殺未遂犯人たちの末路はやはり・・。

人も獣も天地の虫:街娼狩りで逮捕された女たちの中には意外な名前が含まれていました。

幻談大名小路敗者となった藩からのしあがった男の非道さと末路。幼い漱石と一葉も登場。

開化写真鬼図:スキャンダルを抱えた種田少将を熊本鎮台司令官に赴任させる川路の凄み。

残月剣士伝:剣豪同士の対決の陰には、後に大久保利通を暗殺する元加賀藩士の暗躍が・・。

幻燈煉瓦街:尾去沢銅山を略取した井上馨への、旧南部藩士の恨み。老いた三千綱が妖艶。

数寄屋橋門外の変:井上馨の手先となった元彦根藩士の殺害事件と桜田門外の変の関係は?

最後の牢奉行:単なる牢番となっても伝馬町囚獄署を見届けようとする石出帯刀の意地。

著者の視点の素晴らしさは、駒井相模守の「敗者への眼差し」と「知恵」を主題としながら、彼と対立する川路利長を「悪役」とはしていないことに表れます。不正を憎み心情にも通じ、それでも新時代を築いていくという大義名分のためには他の全てを切り捨てていこうとする、優秀で冷徹な官吏なんですね。この時代を俯瞰する「2つの視点」といった所でしょうか。

2009/3