りぼんの読書ノート

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山田風太郎明治小説全集10 明治波濤歌・下

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上巻では、波濤を越えた明治人たちを描きながらも、直接の物語は日本国内で起きた物語が並んでいたのですが、『下巻』になって海外が舞台となる作品が登場してきます。

巴里に雪のふるごとく
警視庁草紙』では敵役であった、後の警視庁大警視・川路利良がフランス視察中のエピソード。モンマルトルで発見された日本人芸者他殺死体の発見者は、彼女をモデルに雇っていたゴーギャンで、容疑者はヴェルレーヌ。捜査に乗り出したのは、パリ警視庁の名物探偵ルコック警部でしたが、川路の推理が冴え渡ります。後に「朝野新聞」を創刊する成島柳北や、法制局長官となる井上毅らの性格描写も見事。パリ万博に派遣されたまま芸人として住み着いた日本人が大勢いたというのは驚きです。

築地西洋軒
ドイツ留学から帰国した森林太郎(鴎外)を追ってきた舞姫エリスが見た武士道の虚像。彼女が滞在していた築地精養軒を舞台に決闘騒ぎが起こるのですが、「二言はないという武士道精神は見せかけで、裏を返せば皆、嘘つきで臆病で卑怯者ね」と日本と森林太郎に絶望して、彼女は去っていくのでした。鴎外の義弟の小金井良精(日本人として初代の東大医学部教授)も活躍します。

横浜オッペケペ
幻燈辻馬車』に登場していた、芝居青年・川上音二郎と、美少女芸妓・貞奴の15年後。日本人女優第一号として後にブロードウェイに立つ絶世の美女・貞奴に横恋慕してしまった野口英世永井荷風が、借金の山から逃れるために日本脱出をはかる川上一座に協力します。侠客につかまった一座を救うために偽ペスト騒ぎを起こすなんて、めちゃくちゃです。

著者は言います。「川上音二郎野口英世も強烈なエゴイズムの熱塊だが、ただの私利私欲とは次元とニュアンスの違うものであったため、彼らは人々の胸に好意や尊敬の念を残した」と。登場人物の人選や題材にも、作者の歴史観が現われています。

2009/11