りぼんの読書ノート

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山田風太郎明治小説全集9 明治波濤歌・上

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ここまでほぼ年代順に進んできた「明治小説全集」ですが、この巻は年代とは関わりなく波濤を越えて未知の国と出合った人々の物語を、オムニバス形式で描いています。まず上巻には3つの物語。

それからの咸臨丸
幕末に、勝海舟榎本武揚福澤諭吉らとともに咸臨丸でアメリカに渡った経験を有し、幕府瓦解後に函館五稜郭に拠って最後の抵抗を試みた軍艦奉行榎本武揚。彼に合流すべく、既に官軍所有となっていた咸臨丸強奪を企てたものの果たせなかった男・吉岡艮太夫が、牢の中で既に官軍に降伏した榎本武揚と出会います。

五稜郭で自決せず、明治政府で才能を生かすのが日本のためという榎本武揚に向かって吉岡が責める言葉は、後に福澤諭吉が、勝や榎本を非難する言葉と重なっていく。榎本の人生選択を是としながらも、「もし榎本が五稜郭で壮絶な死を遂げていたらば、幕末最大のヒーローとなっていたかもしれない」と見る著者の視線は覚めています。

風の中の蝶
弾圧によって過激化する自由党運動の中で出会った、北村透谷と石坂ミナ、その弟の石坂公歴南方熊楠らの若き日の青春群像です。タイトルは「いわず語らぬ蝶ふたつ・・前に向かえば風寒し・・迷いゆくえはいずこぞや」との透谷の詩から。

ここでも著者は、「長く貧窮にあえいだ熊楠や、夭折した透谷は、自分の仕事をなして後世に名をとどめた人である」と賞賛しています。熊楠とともに訪米した石坂公歴は、学業ならずに季節労働者となって、老残の身をさらしながら、最後はマンザールの日系移民収容所で亡くなった・・とだけ付記しています。

からゆき草紙
やはり24歳で夭折した樋口一葉が、『おおつごもり』、『たけくらべ』、『十三夜』など生涯の最後に次々と傑作を発表した「奇跡の1年」の契機となったのは、元主筋の娘・美登利が、吉原どころか「からゆきさん」として南方へ売られていこうとする悲しい出来事でした。

一葉の生涯中の謎とされる、金貸しを訪れて「相場をやりたいから金を貸せ」と言ったとの行動を見事に説明してくれた内容もさることながら、この物語で凄みを見せるのは、中国や南方で日本人の遊女の救出活動をしているうちに、自ら女衒となって遊郭経営の大立者となった、村岡伊平治サンダカン八番娼館』にも彼の名前は出てきました。

波濤を越えた明治人たちの物語は、下巻へと続いていきます。

2009/11