りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

グローバリズム出づる処の殺人者より(アラヴィンド・アディガ)

イメージ 1

タイトルと帯に騙されて読んでしまいました(笑)。だって聖徳太子の名文をもじってグローバリズム出づる処インド・バンガロールの起業家が、民主主義が没する処の天子温家宝に書を致す」なんて、めちゃくちゃ面白そうじゃないですか。たとえ「真の起業家精神を教えましょう」という手紙の内容が、殺人の告白であったにしても。

 

実際に描かれるのは、究極の格差社会であるインドのカースト制に縛られて「闇」でしかない貧民層の生活の現実です。成績優秀で「ホワイト・タイガー」とまで呼ばれた主人公は姉の結婚費用をまかなう借金を返すために小学校を中退させられますが、才覚を生かして地方の名士の運転手兼使用人に雇われます。

 

その地方の名士たちというのが、権力と暴力と汚濁にまみれた凄い存在なのです。土地、水、交通など、庶民の生活に関わるもの全てを支配して私腹を肥やしているだけでなく、賄賂付けにした政治家を思うように動かし、暴力で庶民を服従させる。そもそも主人公が雇われた「家族がしっかりしている」という理由は、何かあったときに家族を痛めつけることができるということなんですね。

 

名士についてデリーに出てきた主人公は、アメリカからのアウトソーシング景気に沸く都会で、ついに「使用人」であり続けることをやめようと思うに至るのですが、そのためには恐るべき決断をしなくてはなりませんでした。

 

本書のテーマは、グローバリズムが生み出す暴虐性というより、暴力をもってしか脱出できない「闇と檻」の存在をグローバリズムの「光と自由」と対比させて描くことにあったるのでしょう。インドを訪問する中国の温家宝首相への手紙との形式を取っているのは、「標榜する社会制度や思想は異なっていても、中国でも事情は一緒だろう」というアイロニーなのかもしれません。

 

アカデミー作品賞を受賞した「スラムドッグ$ミリオネア」の原作のぼくと1ルピーの神様はインドのスラムに生きる少年のたくましさをコミカルに描いているのですが、根っこは一緒。現実を笑い飛ばして幸運を期待するか、暴力を用いて現実からの脱出を図るかの違いでしかないように思えます。テーマについては「タイトルに騙された」と書きましたが、読む価値のある本です。この本にブッカー賞を与える、イギリス文学界の奥の深さも感じます。

 

2009/3