りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

猫を抱いて象と泳ぐ(小川洋子)

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後年、リトル・アリョーヒンという名で呼ばれる幻想的なチェス・プレイヤーとなる少年は、まるで言葉を拒絶したかのように唇を閉ざされて生まれてきました。繊細で美しい心を持つ少年を魅了したのは、巨大になりすぎてデパートの屋上から降りられなくなり生涯をそこですごした象のインディラと、壁の隙間に入り込んだまま出られずミイラとなった少女の伝説。

言葉だけでなく成長をも拒否した少年は、バスの中で暮らす巨体のマスターからチェスの手ほどきを受け、深海チェスクラブの自動人形「リトル・アリョーヒン」の中に身を潜め、チェス盤を裏から眺めながら人形の手を使ってチェスを指すプレイヤーになるのです。彼を手伝うことになる、肩に鳩を乗せた手品師の娘を「ミイラ」と呼びながら・・。

彼は、深い深いチェスの海に潜ります。彼が作り出すチェスの棋譜は美しく、「盤上の詩人」と称えられた伝説のグランドマスター、アリョーヒンを彷彿とさせるのですが、やがて彼は人形と共に深海チェスクラブを去って、往年のチェスプレイヤーが余生をすごす老人ホームを終の棲家とするのでした・・。

なんという幻想的な物語なのでしょう。裏側から見上げるチェス盤は、水中から見上げる海面のよう。静謐な水中から作り上げられる棋譜は、水面に揺れる光であり、浮かんでは消える泡であり、ひとつの完結した小宇宙であり、人生そのものであるかのよう。小川さんの文章も、少年の人生そのもののように控えめながら、ピンと張り詰めています。こういう物語を読むと、日本語の素晴らしさを再認識することができますね。

2009/3