りぼんの読書ノート

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神宮の奇跡(門田隆将)

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昭和33年(1958年)という年は、日本にとっての転換点だったようです。この年に東京タワーが完成し、巨人軍に入った長嶋茂雄は大活躍し、皇太子ご成婚の発表で「ミッチー・ブーム」が沸き起こり、戦後の高度経済成長が始まったのです。

時を同じくして、もうひとつの奇跡的な出来事がこの年に起こっています。東都大学野球1部リーグで、中央大学日本大学専修大学といった、後にプロ入りするメンバーがズラリと揃った強豪チームを相手に回して、甲子園球児すらひとりもいない学習院大学が最初で最後の優勝。その3日後に婚約を発表することになる皇太子もOBとして応援にかけつけていたそうです。

本書は、春のリーグ戦で最下位に落ちて入れ替え戦の死闘を潜り抜けたばかりの学習院が、秋のリーグ戦で同勝率で並んだ3校の中に入って、3度も繰り返された優勝決定戦の末に栄冠を勝ち取ったスポーツドラマなのですが、それだけではありません。

父や妹たちを失いながら戦禍をくぐり抜けて帰還したエース・井元俊秀の半生。早実のエースであった監督・島津雅男が奇跡的に軍隊生活から生還したドラマ。紀伊国屋書店を築いた男の息子に生まれながら母を奪われたキャプテン・田辺隆二の母への深い思慕。皇太子と学生野球との関わりと婚約に至るまでの経緯。彼らひとりひとりの物語が、当時の「日本人」がたどってきた歴史と精神の軌跡になっています。

それぞれの時代のスポーツ・ヒーローが、時代の代表として人々の心に残るだけでなく、スポーツ史に太字では記されることのない選手たちや、表舞台には立つことのなかったより多くの選手たちも、確かに輝いた存在であり、彼ら/彼女らを応援した人々の心とシンクロしていたことを思うと、「スポーツの持つ意味とパワー」についてあらためて考えさせられてしまいますね。

私たちが応援するのは日本代表だけでなく、ひいきのチームや選手であり、学校の代表であり、隣人や親戚や単なる知り合いでもあることを思うと、「ある時代に誰かを応援したこと」は、間違いなく自分の歴史の一部分なのでしょう。

2009/3