月の骨さんが紹介してくれた本です。最後の一言が印象的な小説でした。「生きているうちに忘れられた人間は、死んだ後では思い出しようがない」
本書の主人公である、葛飾北斎の娘・お栄(応為)もそんな1人。一度は結婚したもののすぐに離縁して、北斎のもとで浮世絵を学び作画を続けていたことはわかっていますが、北斎の死後は家を出て行方不明となり、記録に残っていないそうです。
山本さんはそんなお栄を、ぶっきらぼうで飾りのない、ある意味魅了的な人物に仕上げました。北斎から「オーイ」と呼ばれ続けたことが画号の「応為」となったエピソードは楽しいけれど、偉大な絵師ながら生活にもお金にも無頓着で我が侭な父と暮らすことは、どういうことなのか。あの北斎と同居して対等に渡り合う女性像・・本音で生きる女性とならざるを得ない。
それでも自負はあるのです。風景画では父の足元にも及ばないことなんて、はじめからわかっている。父の描かない美人画やキワモノ画を中心に描くけど、版元は父の名前でしか買ってくれない。「自分の絵」と知った上で買い求めて大切にしてくれる人がいると、素直に嬉しい。
日ごろ「仙人になりたい」と言っていたというのは、晩年行方がわからなくなったことへの伏線なのでしょうか。だから、厭世的な雰囲気も纏わせなければならない。そのあたりは、ちょっと矛盾した人物像になっているけど、それだって魅力の一部。それとも北斎の強い引力だけが、彼女を現世に繋ぎとめていたとでもいうのでしょうか。
2008/12