漫画家で江戸風俗研究者でもあった著者の、江戸に関する単行本未収録エッセイ集です。そういえば葛飾北斎の娘であるお栄のことを初めて知ったのは、著者の代表作である『百日紅』でのことでした。
吉原の初春風景や江戸庶民の四季折々の楽しみに触れた「四季折々の江戸」。江戸の時間感覚・金銭感覚に触れた「江戸のアレコレ」。著者自身の甲賀旅行を紹介しながら江戸時代の旅風情に触れた「旅ゆけば、江戸。江戸の風流感覚や粋に触れた「粋で泰平」のエッセイに加えて、俳諧漫画「横の細道」とまるで落語の一コマのような「呑々まんが」が収録されています。
印象に残ったことをいくつか記しておきましょう。まずは「女」について。江戸時代の美女というと「歌麿美人画」を思い浮かべますが、流行り廃りが激しかった江戸では美人の定義も大きく変化をしていたようです。江戸中期の安永期にはロリコン美女が、その後の天明の発展期にはモデル体型美女が人気を博し、歌麿美人がもてはやされるのは享和の安定期だとのこと。なお幕末の変革を迎えた天保期にはリアルでしたたかな女性画が登場したようです。
江戸と上方の「粋」の違いも面白い。上方の「スイ」は華やかであざやかなことで、宝塚のトップスターや祇園舞子や島原太夫を思い浮かべれば良さそうです。一方の江戸の「イキ」は素肌感覚でシャープな生き方であり、華美にすぎるものは「下品」として扱われたとのこと。著者は「江戸庶民が貧しかったこと」に理由を求めていますが、頷いてしまいます。
京都、大阪、江戸の「暮らしの傾向」は「五・三・一」という数字で比較されています。「京の五色」はたくさんの要素を取り込んで破綻させない高度なテクニック。「大阪の三彩」は必要最小限の要素で最大限の効果を引き出す経済感覚ななせる業。「江戸の一本」はひとつのものにこだわる意地っ張りな世界。これもに「江戸庶民が貧しかったこと」に原因があると思えますが、いかがでしょう。
やはり江戸の風俗や庶民の生活を描かせたら、天下一品ですね。本書のタイトル通り「江戸を愛して愛され」た方だった訳です。2005年に46歳の若さで夭折されたことが惜しまれます。
2020/3