りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

駆け入りの寺(澤田瞳子)

f:id:wakiabc:20210208083244j:plain

皇女や高位の公家の姫君を住持を務める門跡寺院は、京都・奈良を中心に15山あるとのこと。本書は、比叡山の麓に立ち比丘尼御所とも呼ばれる林丘寺を舞台に繰り広げられる人間模様を描いた物語。視点人物は寺院の雑用をこなす青侍である静馬ですが、中心となっているのは初代住持であった元瑶尼、後水尾天皇の第8皇女であった緋宮光子内親王です。既に80歳を超えていて、住持職は姪の元秀尼に譲っているのですが、寺の精神的支柱であり続けています。

 

時代は18世紀初頭の江戸前期ですが、ここでは2人の皇女を中心に公家文化が息づいています。雛祭、氷室で蓄えられた氷が下賜される氷の朔日(6月1日)、七夕、観菊の宴が催される重陽節句、達磨忌(10月5日)などの四季折々の年中行事の切には、出家の身ながら和歌管弦・琴棋書画を嗜む平穏で優雅な時間が流れているのです。それでも人が集い、出入りする場所ではドラマが生まれます。

 

狂言で駆け込んできた女性、古い友人から借金をして逃げた老女、名門の跡継ぎながら不甲斐ない絵師、非の打ちどころのない縁談から逃げる若者、妻子を捨てて出奔した武士、幼子を寺の前に捨てる老夫婦。誰もが、人を許して逃がすことの大切さを知っている元瑶尼の心に触れて何がしかの救いを得るようですが、元瑶尼自身も完全な人間ではありません。そして静馬もまた、幼い頃に現実から逃げ出したことで罪の意識に苦しんでいたのです。

 

著者が得意としているのはもっと前の時代の物語なのですが、江戸時代の人情ものを書かせても卒がありませんね。ただし公家言葉は読んでいて少々疲れました。ねたもじ(嫉む)、けのじ(傷つける)、はもじ(恥ずかしい)、おみなか(腹立たしい)、なめしき(失礼な)、おもうもう(うっとうしい)、おひしひし(盛大な)などの話し言葉は、注釈がつかないと理解が難しいのです。

 

2021/3