りぼんの読書ノート

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蔦屋(谷津矢車)

20代の若さで、しかも時代小説という分野で第18回歴史群像大賞を受賞した著者の長編第2作です。出版の力で江戸全体を面白く変えてみせるとの野心に満ちた蔦屋重三郎の半生を語るのは、潰れかけた日本橋老舗書店主の丸屋小兵衛。

 

吉原に生まれ、吉原で遊女のランキング本である「吉原細見」などを出版していた重三郎は、丸屋小兵衛を店ごと買い取ってしまいます。吉原の酒席で太田南畝や山東京伝などの人気狂歌師や戯作者を口説き落とし、無名の絵師だった幼馴染の喜多川歌麿の新たな才能を見出し、新企画を次々に爆発させていく前半は痛快そのもの。

 

しかし松平定信による享保改革で世情は一変。元武家恋川春町は自害に追い込まれ、山東京伝は手鎖の刑に処せられ、蔦屋も財産の半分を没収。しかし彼の反骨精神が発揮されるのはここからなのです。写楽を見出し、既に人気浮世絵師となっていた歌麿と再びタッグを組み、出版統制の網をかいくぐりながら、人々の楽しみを奪おうとする理不尽な幕府に対する戦いを挑み続けます。このようにして出版文化は吉原の壁を越え、江戸の街を越え、日本中の文化の底上げを担っていったのでしょう。

 

蔦屋重三郎が開いた耕書堂は、馬琴、一九、北斎らの文化人・芸術家を輩出しながら、明治初期まで存続したとのこと。新しい時代の幕開けまでも予感させる作品でした。重三郎と吉原との絡みは、もっとシンプルでも良かったかもしれません。彼にドロドロの人間関係は似合わないし、「いい人」である必要もないのでしょうから。

 

2023/2