りぼんの読書ノート

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孔子物語(丁寅生)

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儒教創始者としての「孔子」の名前を知らない人はいないでしょうし、孔子が遺したとされる言葉やエピソードのいくつかは、誰でも知っていますよね。一方で、紀元前6世紀の春秋時代に生きて、多くの弟子を育てながらも、実際の政治の場ではあまり活躍の機会に恵まれなかったとの孔子の生涯についても、多くの人が知っていることと思います。

ただ、どの言葉がどんな人生の局面で語られたのか・・という総合的な「孔子伝」となるとどうでしょう。1935年の日中戦争のさなかに中国で著された本書が、この時期に新刊として出版された事情はわかりませんが、「記録に残るエピソードを基にして虚構を交えずに」描かれた孔子伝には、興味深いものがありました。「子のたまわく・・」ではじまる有名な言葉も、その時の境遇や背景を知ると、違う意味に聞こえてくるものもあるくらい。

ただし、その分踏み込みは浅かったかもしれません。晩年近くの14年間にわたる放浪の末、目的地であった「楚」を目前にして引き返した事情を理想政治を実現する覇者として期待した楚の昭王の病死であったとした、井上靖孔子や、「儒」とは男巫が雨乞いをする形であり、儒教は天と人とをつなぐ祭礼を基に発展した思想と喝破した白川静さんの『孔子伝』と比べると、網羅的ではあるけれど少々ものたりないかも。

もちろん「礼」の呪術的側面と、孔子の母方の一族である顔氏の巫儒的側面を強調して全く独自の世界を切り開いた、酒見賢一さんの『陋巷に在り』とは、読み物としての面白さは比べ物にはなりませんね。

一番興味深く読んだのは、孔子が魯の司冠となって、理想の正義を実現させようとしながら挫折してしまうあたり。酒見さんも、孔子の当時の政治的ライバルであった楊虎や少正卯を暗躍させて、相当に膨らませて描いていた部分です。やはり教育者としての静的な物語より、為政者としての動的な物語のほうが魅力的ということなのでしょう。

2008/6/11読了