りぼんの読書ノート

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陋巷に在り 10 命の巻(酒見賢一)

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子蓉の媚術から逃れた妤は、顔氏が祀る尼山にとどまって回復過程を過ごしています。そんな妤に対して、顔氏の太長老は孔子の母である顔徴在の物語を語り始めます。なぜ太長老は部外者の小娘にすぎない妤に、一族の中でもタブーとされていた秘話を伝えるのでしょう。そこには尼山の神の意志が働いているようです。 

 

太長老の末娘として生まれた徴在は、嫁ぐことなく家と父母の世話をして生涯を終える定めの巫女でした。しかし彼女は数百年に一度しか現れない天性の巫女であり、激しい生気に満ちた女性だったのです。尼山の祠に奉納する舞の舞手に選ばれた徴在は、激しく降りしきる雷雨の中で無我の境地で舞い続ける中で、「3年後、子を生むことになる」という驚くべき神命を受けるのでした。 

 

やがて隣村の太夫であった叔梁紇と出会った徴在は、彼女を縛る全ての宿命を逃れて、孔子を宿すことになるのでした。当時既に70歳を超えていた叔梁紇と16歳の少女の出会いは不自然にも思えますが、もっと不自然なのは顔一族の長老たちの反対や妨害を乗り越えて2人が結ばれるに至ったということ。徴在に惹かれていた顔穆の助力もあったものの、それも含めて運命なのでしょう。正式の婚姻ではなく「野合」と記録される関係であったことも、尋常の通婚ではなかったことを示唆しているようです。 

 

一方で孔子の成城毀損策に反対している成宰の公斂處父に近づいた悪悦は、巫儒を用いて反孔子感情を広める情報戦を仕掛けます。これに気づいた孔子は巫儒追放令を出すのですが、それは顔回の依頼で蟲虫に毒された冉伯牛を治療している医鶃までも追い出すことになってしまうのでした。物語はいよいよクライマックスへと向かっていきます。 

 

2020/8再読