りぼんの読書ノート

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四月馬鹿(ヨシップ・ノヴァコヴィッチ)

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独自路線を掲げたチトーのユーゴスラビアが、ソ連を盟主とするコミンフォルムから追放された1948年の4月1日に生まれた、本書の主人公のイヴァン。エイプリル・フールのジョークが一生つきまとっては可愛そうと考えた両親は、1日ずらして出生届を出したのですが、どうやら何の効力もなかったようです。

なぜなら、彼の一生は気の毒なくらいに馬鹿馬鹿しい運命に左右されてしまったのですから。彼の冗談めいた悲喜劇的な人生はそのまま、ユーゴスラビアクロアチアの半世紀と重なります。

祖国を人一倍愛していることを示すために建国を祝う国旗をたくさん提供しようと思い立ち、既に飾られている紙の国旗を引き剥がしたために、「国家と労働者の敵」と言われた少年時代。医学の道を志して解剖学で優秀な成績を修めたものの、冗談からチトーの暗殺未遂を疑われて強制労働収容所に送られてしまった学生時代。もともと体制派で権力志向が強かったのに、それがことごとく裏目に出てしまうのですが、彼の悲喜劇はこんなことにとどまりません。

哲学の道も挫折し酒場で自意識過剰な哲学論議を繰り広げるだけの存在になり果てたイヴァンは、やがて自分自身をユーゴと同一視するに至るのですが、チトーの死後、ユーゴは分裂し内乱に突入。分裂しかけたのは彼の精神だけでなく、イヴァンはセルビア側に徴兵され、母国であるクロアチアと戦うハメに・・。

国境の町ヴコヴァルでの市街戦をピークとするクロアチア紛争までは、イヴァンと国家の運命はある意味シンクロしているようですが、本書の「四月馬鹿」ぶりは、むしろこの後が真骨頂。

戦火から救出した、学生時代にあこがれていた女性と結婚して子どもも授かり、教職にもついて平穏な暮らしが始まったと思いきや、彼の人生にはとんでもないことが待ち受けていたのです。それは、生と死と性のレベルで繰り広げられる、想像を絶するシュールな悲喜劇。

民族の壁を越えて共生しようとしていた旧ユーゴの「儚い夢」のことを指して「四月馬鹿」と言っているのであるなら、イヴァンの晩年の悲喜劇は「儚い夢」に対する鎮魂歌なのか、単なる残渣なのか、それとも、いかに喜劇的ではあってもまだ夢は葬られてはいないという著者の希望的観測なのか、どうやら解釈は、旧ユーゴ諸国の「今後の歴史」次第という気がします。

2008/6/12読了