りぼんの読書ノート

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宇宙消失(グレッグ・イーガン)

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未知の領域がおおく残されている「量子論」は、現代SF作家にとって格好の題材なんですね。本書の核心をなしている「理論」は、次のようなものです。

自在に振舞う量子の予測不可能性の分だけ、未来は枝分かれして多重世界が存在する(拡散)。多重世界の中から「特定の将来」を決定するものは「観測者」である(収縮)。つまり、「観測者」の存在こそが「現実」を決定するものであり、いったん「観測者の視点」を獲得してしまえば、現実を思うように扱うことができちゃうんですね。

元警察官のニックは、「壁抜け」をしたとしか思えない方法で病院から消え去った女性の捜索を依頼されます。彼女が、「新香港」に拉致されたと知ったニックは現地に飛ぶのですが、これが33年前に突然現れて全太陽系を包み込んでしまったバブルという宇宙的存在の謎を解明することに繋がっていきます。

女性の居場所をつきとめたニックですが逆に捕われてしまい、その組織に忠誠を尽くすことを条件付けられた「忠誠モッド」を投入されてしまいます。「モッド」とは、ナノテクによって脳神経の結線を変更してしまい、人格や性格を思うままにコントロールできるマシンのこと。ゲームや睡眠学習に使える安価で安全な市販品から、軍事や思想統制に用いられる非売品まで多様に存在するのですが、「忠誠モッド」は復元不可能なヤバイもの。まぁ、このあたりは本筋とは直接関係ないガジェットです。^^

「壁抜け」が「量子の振る舞いの1可能性」であり、極めて可能性の低い現実を選択させるのが「観測者」であって、「観測者能力を得るためのモッド」なるものを極秘に製造しようとする組織があること自体、すでにかなりぶっ飛ぶ発想ですが、「観測者がバブルを作り上げてしまった」とか、「エイリアンの地球捜査員」となってくると、唖然としてしまうしかありません。

本書の読者は、このあたりの「壮大な仕掛け」を楽しめばいいのでしょう。ただ、主人公が「忠誠モッド」からいかにして自由になるのか、それが主人公が自ら服用している「亡き妻を偲ばせるモッド」からの解放と結びついていくあたりの展開は、「小説」としても読める部分です。

2008/5