りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

贖罪(イアン・マキューアン)

イメージ 1

1935年の夏、休暇でロンドンから帰省してくる兄と兄の友人を自作の劇で迎えようとしている、タリス家の13歳の末娘ブライオニー。彼女の試みは劇を演じるはずの従姉弟たちの下手な演技で挫折してしまいます。というより、後年彼女が語ったところでは、ある瞬間に作家となることを決意したという少女の心が、稚拙な劇から離れていってしまったのです。

その直前ブライオニーは、タリス家の支援で大学を優秀な成績で卒業した、使用人の息子のロビーが、姉のセシーリアを暴力で屈服させているかのように見える場面を目撃してしまいます。2人の間の真相は決してそんなことではなく、ぎこちない会話と小さな諍いの後で、互いに愛し合っていることを確かめ合えた、恋人たちの振舞いにすぎなかったのですが・・。

ロビーに強い憎しみを覚えたブライオニーは、その夜おきた、従姉妹のローラへの強姦事件の犯人としてロビーを名指しします。間違いなくロビーの顔を目撃したと偽証するブライオニー。

第2部になって物語のトーンは一変します。刑務所暮らしの後に一兵卒となってダンケルクを敗走するロビー。家族とのつながりを絶って看護婦となり、ロビーの帰りを待ち続けるセシーリア。

さらに第3部。自らの偽証の罪の意識に苛まれ、姉の後を追って看護婦となり贖罪をこいねがうブライオニーは、ついにセシーリアのもとに向かいます。偽証を詫び、できる限りのつぐないをするために。しかし、緩やかに時間が流れた、あの「たった1日」のために狂わされてしまった恋人たちの人生は修復可能なのでしょうか。そして、強姦事件の真犯人は誰だったのでしょうか。

3人それぞれの痛みの深さと真摯な生き方に触れた読者は、3人の幸せと贖罪の成就を祈らざるをえなくなることでしょう。ところが読者は目にすることになるのです。第3部の最後に置かれた署名と日付を! そして1999年のエピローグで、その真の意味を理解することになるのです。

「贖罪」というタイトルが意味するものは、「少女の贖罪」というだけではなく「作家の贖罪」にほかなりません。この本は、古典的な19世紀文学の枠組みの中に現代文学の持っている可能性を限界まで注ぎ込んだ、意欲的な作品なのです。間違いなく今年の「ベスト1」候補ですね。本書を映画化した「つぐない」で、オースティンの「プライドと偏見」のエリザベスを演じたのと同じ女優がセシーリアを演じていることに騙されてはいけません。^^

2008/5