りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

冬の眠り(アン・マイクルズ)

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かけがえのないものを失った者への癒やしや贖罪は、欺瞞にすぎないのでしょうか。

建設の進むエジプトのアスワン・ハイ・ダムによって水没するアブ・シンベル神殿の移設工事に携わる技術者エイヴァリーと、植物を愛する妻のジーンが出会ったのは、運河建設によって水没する直前のトロント郊外の村でした。

一時的にむき出しになった川の土手に生えている植物を採集し救い出そうとしているジーンに、エイヴァリーは強く惹かれたのです。2人の人生は出会ったときから「喪失と贖罪」に関わっていたのですが、ジーンを襲った流産という喪失の悲劇を乗り越えることはできずに、別居してしまいます。

ジーンはポーランド人の亡命画家ルツィアンと出会います。少年時代に戦争を生き延び、後に破壊されたワルシャワ再建に加わったルツィアンは、街の再建がポーランド人の血と汗の結晶ではなくて、ソ連社会主義が達成した偉業にすり替えられたことに愕然として、亡命に至ったというのです。

移設された神殿。植え替えられた植物。再建された街。子どもを失ったジーンは、これらの贖罪は欺瞞でしかなく、かけがえのないものが失われたことを忘れさせる裏切り行為ではないのかと思うのですが、それは彼女の心をいっそう深く沈ませる思いでしかありません。

しかしジーンは気づかされるのです。人間ができることは偽の慰めだけれど、言い方を変えれば、どんな慰めも本物だと。愛で作られたものは全て本物であり、生きていると。たとえ墓に飾られた造花でも・・。そして、「後悔は物語の結末ではなく中盤」にすぎないとの思いに至ります。

深いテーマを丁寧に紡ぎあげた、詩情あふれる小説です。出合って良かったと心から思える作品でした。

2012/4