りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

アイルランド・ストーリーズ(ウィリアム・トレヴァー)

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アイルランドストーリーテラーによる聖母の贈り物に続くベスト・コレクション第2弾は、そのものズバリのタイトルだけあって、アイルランド紛争を背景とした粒よりの短編が揃っています。

「女洋裁師の子供」奇跡を起こしたとされる聖母像に観光客を案内したカハルは帰り道で、女洋裁師の子供を轢いてしまいます。誰にも知られていないはずだったのですが、彼の心の中で罪悪感と恐怖感が大きくなっていきます。

「キャスリーンの牧草地」隣の牧草地を買い取る資金を得るため、父によって金持ちの商店主のもとへ奉公に出された娘のキャスリーンにとって、ただ働きを義務付けられた期間は、若い少女には一生とも思えるほどの長い年月でした。両親のためにあきらめの心を抱いて奉公先に戻っていく少女の気持ちが涙を誘います。

「第3者」妻の不倫相手の男性から離婚を切り出された男は、ずっと不仲だった妻とは冷静に別れるつもりだったなのに、妻のことをなじり、相手の男性を貶めてしまいます。それは愛することができなかった妻を惜しむ気持がさせたことだったのでしょうか。

「ミス・スミス」少しのろまな生徒のジェームズは、女教師のスミスから苛められながらも彼女に思慕の情を抱いていました。女教師が結婚退職した後も町で顔を合わせるたびに馬鹿にされ続けていたジェームズは、ある決意をするのです。これはホラーですね。

「トラモアへ新婚旅行」孤児院から農場へ働き手としてもらわれて来た少年デイビーが、農場主の娘キティと逆玉結婚をして新婚旅行に出かけます。美人でプライドの高いキティがデイビーと結婚したのは、彼女を妊娠させた男から捨てられたからだったのですが、デイビーは全てを知った上で彼女に感謝するのです。

「アトラクタ」英国軍将校であった夫を殺されて、犯人たちから次々と強姦されたショックで自殺した女性の記事を読んだ老女性教師のアトラクタは、自分が子供たちに教えるべきことは「過ち」と「贖罪」と「赦し」だと決意します。彼女には、両親を内紛の誤射で失った後の人生を、恨みや憎しみに走ることなく、多くの人たちの好意の中で育てられてきた過去があったのです。

「秋の日射し」老牧師は、久々に帰ってきた末娘が連れてきた男のことが気に入りません。それはその男がイギリス人だからなのか。胡散臭さを感じるからなのか。思い悩んでいた牧師にアドバイスを与えてくれたのは、亡き妻の亡霊だったのですが・・。「そのときはじめて彼女の死が遠ざかったような気がした」とのラストが素晴らしい作品です。

「哀悼」ロンドンに出たものの半端仕事しか回ってこないリアム・パットは、アイルランドに帰る決意をするのですが、彼に親切にしてくれた仲介人からある仕事を頼まれます。普通の孤独な人間がテロの加害者に仕立てられていく怖さを感じさせます。

「聖人たち」少年時代に起きた紛争によって家族を殺され、生き残った母も後に自殺したため、アイルランドを捨ててイタリアに移住してから50年。今は老年に達した主人公のもとに届いた手紙は、亡き母に最後まで仕えた元メイドのジョセフィンが死の床についているとの知らせでした。母の死後ずっと精神病院に入院していたジョセフィンが数々の奇跡を起こして聖女として讃えられていることを聞かされた主人公は、奇跡など信じられなかったのですが、まだ自分に人間らしい感情が残っていた事に気づいて涙を流します。、それもまた聖女がもたらした奇跡だったのでしょうか・・。

他には、別れるための旅行に出た不倫カップルと思いを果たせなかった老女が出会う「パラダイスラウンジ」、少年に音楽の世界を開いてくれたピアノレッスンは、神父と音楽家の女性が出逢いを重ねるためのものでしかなかったことを知る「音楽」、男に騙されて資産を失ってから結婚詐欺師となった60歳の女性の心の動きを描いた「見込み薄」が収録されています。

全てが「心が動く瞬間」を鮮やかに切り取った秀作です。

2012/9