りぼんの読書ノート

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蒸気駆動の男(吉良佳奈江/訳)

1392年から1910年まで続いた李氏朝鮮王朝を舞台とする、歴史改変スチームパンク年代記は、5人の韓国SF作家による連作です。歴史の転換期で暗躍する謎の回回人都老(トロ)の基本設定と、巻末に付された年表作成者は、あみだくじで決められたとのこと。実在の人物や事件が綺麗に嵌まっているようです。

 

「蒸気の獄」チョン・ミョンソプ

物語のベースとなっているのは1519年に起こった「己卯士禍」と呼ばれる、新興の科挙官僚集団である士林派のリーダーであった趙光祖が保守的な勲旧派によって失脚させられた事件です。本作では蒸気力を積極的な活用して汽機人兵士に国境を護らせようとする企てが、国王を脅えさせたことで起きた事件とされています。

 

「君子の道」パク・エジン

朝鮮王朝では王族を頂点とする厳しい身分制度が敷かれていました。支配階層の両班、官吏などの中人、農民・商人などの常人までが「良民」であり、その下に置かれた多数の奴隷階級が「賤民」です。没落した両班のバカ息子に取って代わったのは、都老によって指導を受けた天才的は奴婢が作り上げた自動人形と活字機でした。

 

「朴氏夫人伝」キム・イファン

朝鮮王朝の中期に流行した「朴氏夫人伝」は、妖術を用いて活躍する女性が活躍する物語です。本作に登場する朴氏夫人は、妖術ではなく神妙な蒸気機器を用い、強力な汽機人に護られています。しかしその汽機人は誰によって造られたものなのでしょう。

 

「魘魅蠱毒」パク・ハル

王家を呪ったが故に死罪となった呪術師は、密かに山中に隠されていた汽機将帥を見てしまった娘を護るために、荒唐無稽な呪いの物語を語ったようです。朝廷内の権力闘争に関わる真実を探り当てた県監もまた、命を狙われてしまいます。

 

「知申事の蒸気」イ・ソヨン

1752年から1800年にかけて国を治めた正祖は、祖父によって父親を殺された悲劇の王孫子から名君となったことで人気の高い人物です。しかし正祖の右腕として活躍した洪国栄が1779年に突然失脚した理由は謎であり、さまざまな解釈がなされているようです。本作では、汽機人となって幾世代も生き抜いた都老が洪国栄の正体であったとされています。

 

スチームパンク朝鮮年代表」

李氏朝鮮を開いた李成桂の時代から、都老は蒸気機器を提供していたようです。その後の内紛の多くは蒸気力の是非に関わるものでした。秀吉の侵略は朝鮮の蒸気技術を求めてのものであり、李舜臣が率いた水軍は蒸気亀船だったのですね。しかし蒸気馬と蒸気馬車を使った満州女真族に敗れて清国に服従することになるのです。

 

2024/1