りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

五月 その他の短篇(アリ・スミス)

ブリグジット前後のイギリスを舞台に思いがけない人々の結びつきを描いた「四季4部作」や、2つのパートによる2種類のバージョンからなる『両方になる』の著者による短編集です。墓場に始まり窓の破壊で終わる12の短編は1年間の12カ月に対応しており、それぞれ著者の故郷であるスコットランドに触れていますが、それ以上の関連はなさそうです。仕掛けの多い著者の作品ですので、何か読み落としているのかもしれませんが。

 

「普遍的な物語」

主人公は男なのか、女なのか、書店主なのか、客なのか、蠅なのか。舞台は墓場なのか、古書店なのか、海なのか。著者が物語を創り出していく秘密に触れるように思える作品です。

 

「ゴシック」

寂れた書店に毎日同じ本を立ち読みに来るウザ男と、得体の知れない自書を売り込みに来るスーツ男では、どちらがマシなのでしょう。でも新市街のチェーン書店に転職した女性にとっては、もう関係ないこと。あんな客たちは即刻つまみ出す力を持ったのだから。

 

「生きるということ」

地下鉄駅ですれ違った死神に携帯を殺された女と、家で夕食を準備して彼女の帰りを待つ男。すぐに帰宅できるはずだったのです。電車が事故で止まりさえしなければ。

 

「五月」

木に恋してしまった女は、その木に寄り添うために見境のない行動に走ります。でも私は、木の根元で眠るあなたの隣に身を横たえるために、そっと家を出るのです。『変愛小説集』に収録されていた作品です。

 

「天国」

スコットランドの小さな町を俯瞰する視点は、3姉妹にズームインしていきます。ハンバーガーショップに入った強盗を幼馴染と見抜くキンバリー。ネス湖遊覧船で客にかたくなにルールを守らせるジェマ。酔っぱらって入った教会で牧師の意外な一面を見たジャスミン。そして牧師が撃った天使像が見上げる空へと視点は戻っていくのです。

 

「浸食」

庭のリンゴの木にみっしりとたかった蟻も、解決法を知らない隣人も、スーパーの店員も、偏屈な父親も、彼女にとって大問題だったのです。突然の恋に落ちてしまうまでは。

 

「ブッククラブ」

タクシーの座席で居眠りしている間に見た夢は、母が突発的に入会したブッククラブから毎月送られてきた、誰にも読まなかった本たちのこと。これはきっといい夢だったのでしょう。

 

「信じてほしい」

私が浮気している相手の男性は、恋人とゲイ関係にある男性だった? 互いの視点から見える相手の男性や妻、その浮気相手の姿は全く異なっているのですが・・。それとも全てはベッドの中での空想なのでしょうか。

 

スコットランドのラブソング」

他人には見えも聞こえもしないバグパイプの楽隊につきまとわれてしまう女性。それは激しい郷愁だったのでしょうか。

 

「ショートリストの季節」

美術賞のショートリストに名前があがった現代美術の展覧会に来た女性が、突発的に絵にぶつかっていったのは、、描かれた道に飛び込もうとしたからなのでしょうか。現代アートの重要性とは何なのでしょう。

 

「物語の温度」

クリスマスイブの深夜のミサに遅れて入ってきた3人の女性は、教会を追い出された後も裏手の川で思い出話を続けます。どうやら彼女たちは娼婦のようなのですが、いつかこの夜の出来事も思い出話に変わるのでしょうか。

 

「始まりに戻る」

2人の関係はもう終わりだということは、どちらにもわかっていました。もう一度やり直すため、最初に戻って自分たちの家に侵入することから始めるというのは良いアイデアとは思えないのですが・・。そのためにはまず相手を、次いで自分を家から閉め出さなくてはならないのですから。

 

2023/12