りぼんの読書ノート

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過去を売る男(ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ)

1975年の独立後27年間も続いた内戦の間、部屋に引き籠って暮らした女性を中心に据えた『忘却についての一般論』に続いて邦訳された本書もまた、記憶をめぐる不思議な物語です。

 

語り手は一匹のヤモリ。どうやら前世は人間だった過去を持っているようですが、冒頭に引用された文章を綴った人物であることに間違いなさそうです。ヤモリが観察しているのは、アンゴラの首都ルアンダ古書店を営むフェリックス・ヴェントゥーラなのですが、彼には秘密の副業がありました。それは新興の富裕層が求める由緒正しい家系を作ってやること。新任大臣に過去の独立闘争の英雄の先祖を与えるなど、人々に良い過去、高名な先祖、高貴な家柄などを証書や写真付きで用意してあげるのです。

 

ある日フェリックスは、大金を積んだ身元不詳の外国人に、アフリカからポルトガル人を追い出したボーア人兵士だった祖父と、狩猟家案内人だった父と、ケープタウンで行方不明となったアメリカ人アーティストとの母という家系を与えます。完璧に偽造された過去を「真実」と主張し始めた外国人客は、故郷とされた村を訪れて祖父の墓を発見し、ついにはアメリカに戻った母の消息まで見つけ出してしまうのですが、なぜそんなことが可能だったのでしょう。実は彼には復讐したい相手がいたのです。そして生き別れになっていた彼の娘が偶然にもフェリックスと付き合い始めていたのですが・・。

 

著者は、人からも土地からも記憶を奪うものは戦争だと語っています。現在では大量のフェイクニュースも記憶の剥奪に拍車をかけているのですが、集団的記憶なるものに影響されてしまう個人のアイデンティティは真実といえるものなのでしょうか。時おり挿入されるヤモリが人間だった頃の抒情的な記憶のほうに、真実味を感じてしまいます。

 

2023/12