りぼんの読書ノート

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異国の出来事(ウィリアム・トレヴァー)

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アイルランドの短編の名手でノーベル文学賞の候補にも挙がった著者が、本年11月20日に88歳で逝去されたそうです。ご冥福をお祈りいたします。本書は、著者には珍しい「外国」を舞台にした作品からなる短編集です。

エスファハーンにて」
旅先で出会った女に声をかけながら、女が身の上話をはじめた途端に身を引いた男。しかし彼は、手に入れられなかったものを惜しむのです。少なくとも、自分のことを正直に語るべきだったと。軽いロマンス気分は、一瞬で消滅してしまいました。

「サン・ピエトロの煙の木」
毎年夏になると、病弱な少年を連れて海岸の保養地に転地療養にくる母親には、リゾラバがいたのでしょうか。こういう話を少年の視点から描くのは、反則ですよね。

「版画家」
少女だったころに滞在した屋敷の主人と、一回だけ行ったドライブの思い出が、彼女を生涯独身にさせてしまったようです。指を触れあうことさえなかったのに・・。

「家出」
若い女性を愛したという夫に愛想を尽かしてイタリアに家出した妻。ようやく苦しみが癒えたところに夫が倒れたと連絡が入ります。愛が冷めた若い女が去って行ったあと、妻は正式に離婚しておかなかったことを悔やむのです。

「三つどもえ」
貧しい若夫婦が、彼らを支援してくれるおじさんから、ヴェネチア旅行をプレゼントされます。しかし着いたところはスイスで、同行ツアー客は年寄りばかり。老人の遺産を当てにする若夫婦と、金の力で彼らの関心を引きつけておきたい老人の間の緊張感が引き起こした、少々の悪意あるいたずらだったのでしょうか。

「ミセス・ヴァンシッタートの好色なまなざし」
南仏の高級別荘地で夫を召し使いのように扱う奔放な妻は、友人たちから非難を浴びてしまいます。しかし、彼女にはそうする理由があったのです。永年連れ添った夫婦にしか分からない愛と言ってしまうと、わかったような気になりますが、かなりダークな作品です。

「ザッテレ河岸で」
「ザッテレ」というと、須賀敦子さんの時のかけらたちに収録された短編をどうしても思い浮かべてしまいます。でもこの作品のテーマは、父と娘の視点のすれ違い。母の死で男やもめになった父親を心配して同居を始めた娘は、思い出のヴェネツィア若い女性に声をかける父親に幻滅します。しかし娘が一人暮らしをやめた本当の理由は、既婚者との不倫を解消することだったのでした。

「帰省」
これもまた、前半の展開が後半でひっくり返る物語。寄宿学校から帰省する汽車の中で悪ぶる少年と、同じ列車に乗り合わせて迷惑する副寮母。しかし2人にはそれぞれの事情があったのです。これが最後の帰省になってしまいそうです。

「娘ふたり」
シエナで偶然再会した2人の中年女性は、少女時代の大親友同士でした。病弱な一人の青年を愛したことから縁遠くなっていたのですが、若死にした青年が2人の少女の気持ちを弄んでいたことなど、知らない方が良かったのかもしれません。

他には、子供時代のいたずらが招いた悲劇の後遺症を引きずる男たちの「ふたりの秘密」。酔いつぶれた男を送っていった少年が、男の妻から「行かないで」と声をかけられる「お客さん」フィレンツェで行方不明になったアメリカ娘を探すという、ミステリ仕立ての「ドネイのカフェでカクテルを」が収録されています。

2017/1