りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ディア・ライフ(アリス・マンロー)

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2013年のノーベル文学賞受賞、おめでとうございます。83歳となって引退を宣言した著者の「最後の著作」には、今まで通りの高水準の作品がぎっしりと詰まっています。短編小説の巧みな技法を用いながら、大河小説のように人生を紡ぎあげることができるのは、この人をおいて他にはいません。

「日本に届く」:幼子を連れてトロントをめざす女性詩人は、列車の中での浮気の最中に娘を見失ってしまいます。ようやく探し当てた娘のまなざしが母親を軽蔑しているように思えたのは、罪の意識のせい。

アムンゼン:プライドだけはいっぱしの若い娘が、年上の男に弄ばれて捨てられてしまいます。何年も後で男に再会した娘は、それでも男への愛情を感じるのです。

「メイヴァリーを去る」:突然の駆け落ちで、虐げられていた家から飛び出した娘レア。巡査時代に彼女を知っていたレイが、妻イザベルが病死する直前にレアと再会した時に抱いた感情は、名づけようもないものでした。

「砂利」:池に転落した姉の死に責任があるのは、浮気をしていた母なのでしょうか。それを通報しなかった自分なのでしょうか。

「安息の場所」:自由な家庭で育った娘が、古風な叔母の家庭に居心地良さを感じます。しかし、亭主関白の家庭には危うさもあるのです。

「プライド」:父親の死後、名家の座から転落した娘オナイダが、彼女に憧れていた目立たない男と友情関係を結びます。男が2人の関係を隠し通そうとするのは、彼女のためなのでしょうか。

「コリー」:妻子ある建築家と浮気した富豪の娘コリーは、メイドに強請られたという建築家の言い分を信じてお金を払います。真相は、長い年月の後でメイドが死んだ後で明らかになるのですが・・。

「列車」:故郷の手前で列車を降りて、故郷に戻ることなく長い年月をすごした帰還兵。数十年後に再会した女性こそ、彼の奇妙な行動の原因だったのです。

「湖の見えるところで」:痴呆の症状を気にし始めた女性が、ひとりで精神科医を訪れようとしますが、たどり着けません。それは、まだ夫も生きていて、車も運転できていたころの夢。

「ドリー」:詩人の夫がかつて理想の女性として詩に詠んだ女性が登場。動揺した妻は、家を出て夫に別れの手紙を書くのですが・・。

「目」:大好きだった家庭教師セイディーが事故死して参列した葬儀で、死者のまぶたが動いたように見えた少女の記憶。セイディーが嘘をついて家庭教師を辞めていたことを、ずっと話さないでいてくれた母親への思い。

「夜」:手術の後の眠れない夜に抱いた妹の首を絞める妄想を、父親に告白してしまった娘。「人間ってのはときどきそんなことを考えるものなんだ」という父親の言葉に、彼女は救われたのです。

「声」:ダンスに出かけた夜に2階で聞こえた泣き声の正体を、母親は娘に明かしませんでした。ダンスに来ていた若者たちは後に皆、戦争で死んでしまいました。

「ディアライフ」:娼婦の母を持つ友人ダイアンの家に遊びに行った日に、血相を変えて娘を連れ戻しに来た母。気の触れた老女が家に来たときに、娘を抱いて隠れた母。努力して教師になった母は、居心地悪い人間だったのです。

老境を迎えた作家自身が「フィナーレ」と銘打った最後の4編は、両親への愛に溢れています。著者はインタビューに応えて「母は私の人生で今でも大事な人。母の人生はあまりにも悲しく、不公平だった。でも、とても強かった」と述懐しています。後に両親と遠く離れて暮らし、多忙を理由に母の葬儀にも帰省しなかったことを、「でもわたしたちは許すのだ。いつだって許すのだ」と総括する最後の一文の、なんと重いこと。そしてなんと説得力のあること。

2014/9