りぼんの読書ノート

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商う狼 江戸商人杉本茂十郎(永井紗耶子)

文化文政期に活躍した商人・杉本茂十郎を主人公に据えるとは、かなり思い切ったテーマです。しかし著者は、悪徳商人として描かれても仕方ない経歴を持つ人物を、時代を超えるエネルギーを有したヒーローとして描き出しました。田沼意次の積極財政策を再評価する動きと似たものを感じます。

 

飛脚問屋に婿入りした甲斐出身の奉公人にすぎなかった茂十郎は、飛脚運賃への定価制導入を皮切りに、経済システムの刷新に取り掛かります。町年寄りの管轄であった永代橋、新大橋、吾妻橋を建て替え 、老朽化した菱垣廻船を新造させるために作り上げたシステムは、茂十郎を頭取に戴く三橋会所を通して江戸商人たちから問屋株の鑑札と引き換えに冥加金を出させることでした。いわば強制的に金を回す仕組みなのですが、幕府からも、老舗の十組問屋からも、さらには大坂商人たちからも歓迎され、茂重郎は江戸経済界の実験を握る大立者となるのです。

 

しかしそれは既存の大企業を保護する政策であり、新興勢力からの不満も出始めます。成功者に対する妬み嫉みは言うまでもありません。最終的には、無定見な浪費と身贔屓な人事を専らにした徳川家斉の走狗と化した幕閣によって追放の憂き目にあってしまうのでした。やはり時代を超えることはできなかったのですね。「金は刀よりも強い。だがその金はどこまで権力に通用するのか?」というテーマを正面に据えた骨太の経済小説は、2021年度の新田次郎賞を受賞しました。

 

2023/12