辻邦生さんの作品を再読中ですが、晩年に書かれた作品にちょっと寄り道。本書は初読でした。
浮世絵師・歌川貞芳が描く美人画のモデルとなった女たちが漂わせる翳りが、幕藩体制の矛盾を背景とした各藩の内部抗争の犠牲者たちの姿と交差して、哀しい物語を紡ぎ出していきます。元旗本という貞芳は架空の人物です。生命の証ともいうべき「特別の瞬間」を描いてきた著者の全盛期の作風とはイメージが違うのですが、美人画に写し取られた「特別の瞬間」の後日談と理解すればいいのかもしれません。
「山王花下美人図」藩の要人の死後に出奔した許婚を追って、父とともに敵討ちの旅に出た女性でしたが、事件の真相は意外なものでした。
「美南見高楼図前後」品川沖で舟遊び中に溺れ死んだ兄の無念を晴らしに出てきた女性は、兄が殺害されたが陰謀を見抜きます。
「湯島妻恋坂心中異聞」モデルとした女性が心中死したとの噂が流れますが、死んだのは別の女性でした。背後にあった陰謀とは?
「無量寺門前双蝶図縁起」廻船問屋の覇権を巡る争いに巻き込まれた姉妹の悲劇の背景には、互いを思い遣る気持ちと嫉妬とが絡み合っていたのです。
「根津権現弦月図由来」姉を殺害した悪家老に復讐を果たす夫を助けたのは、家老の悪行を直接見ていた妹でした。
「向島百花譜転生縁起」仇討に出た姉妹の間には、もうひとり幼いころに攫われて旅芸人となっていた妹がいたのです。
「墨堤幻花夫婦屏風」恩師を陥れた商人の犯罪の証拠を掴むため、自身の妻を商人の妾に差し出すというのですから、これは凄まじい。
「神仙三圍初午扇」生まれながらに霊感を持つ女性が、嫁ぎ先の義父を襲った犯人を追って占い師となるのですが・・。
「藍いろに暮れてゆく江戸に」との小題をつけた後書きを含めて、江戸情緒に溢れた作品群ですが、「辻邦生さんの捕物帖」には最後まで違和感が残りました。
2012/1