りぼんの読書ノート

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ミカンの味(チョ・ナムジュ)

『82年生まれ、キム・ジヨン』によって韓国フェミニズム文学の旗手となった著者が、新型コロナ禍の最中である2020年に書いた最新長編です。

 

主人公は中学校の映画部で親しくなった、ソウル郊外の新興住宅地に暮らす4人の少女たち。全てに平凡なことにコンプレックスを抱いているソラン。全校トップの成績ながら重い病気の妹がいて母親に構ってもらえないダユン。父親が事業に失敗して狭いアパートに引っ越してきたヘイン。両親は離婚したものの経済的には恵まれており、おおらかで優しい性格のウンジ。

 

中学3年生になる直前、彼女たちは旅先の済州島で衝動的にある約束を交わし、タイムカプセルに入れて埋めました。その時のミカンの味とともに思い出す約束とは、4人で同じ地元の高校に入ること。ソウル郊外にある地元の高校は決して難関校ではありません。しかし学歴が重視される韓国で、成績も家庭環境も異なる4人が同じ高校に入学することは、実はとても難しいのです。成績優秀のダユンは教師から進学校受験を強く勧められ、娘に全てを賭けているヘインの母はソウルへの偽装転入を試みます。キャリアウーマンのウンジの母はジャカルタ転任を希望し、誰よりも4人の関係を重く見ているソランは気が気ではありません。さまざまな感情や計算が隠された約束をめぐって、次々と事件が起こるのですが・・。

 

もちろん約束が果たされることが、彼女たちにとってベストの選択とは限りません。少女たちの感傷的な約束など、大人から見れば不合理なもの。それでも彼女たちは、その時はそのために人生を賭けてもいいとすら思ったのです。「成長はときに手に負えなくて孤独なもの」なのですが、大人たちは無意識のうちに成長の芽を摘んでいないだろうか。子供たちの気持ちに正面から向き合ってはいないのではないか。そんな著者の思いが詰まった作品です。フェミニズムへの訴えは、少女たちの心に小さな傷を残した数々の体験としてさりげなく綴られていることも言い添えておきましょう。

 

2023/12