りぼんの読書ノート

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黄色い家(川上未映子)

2020年春、惣菜店に勤める花は、ニュース記事に黄美子の名前を見つけます。60歳になった彼女は、若い女性の監禁・傷害の罪に問われていました。花は、長らく忘却していた20年前の黄美子との不思議な同居生活を思い出します。それは黄美子と3人の少女たちが疑似家族のように暮らした日々のこと。

 

花が黄美子と出会ったのは15歳の時。シングルマザーの母にネグレクトされて育った花は、母の友人で幸福感を与えてくれる黄美子に惹かれていきます。そしてバイトで貯めたお金を母のダメ彼氏に持ち逃げされたことをきっかけに家を飛び出し、黄美子との同居を始めます。風水に凝る黄美子が金運を掴むという黄色グッズを集めた部屋に住み、黄美子が開いたスナック「れもん」で働き始めた花の日々は、まるで「魔女の宅急便」のよう。さらに落ちこぼれキャバ嬢の蘭と、家出少女の桃子という同世代の友人がそこに加わることで、花の幸福感は加速されていきます。

 

しかし「れもん」が火事で失われたことで全てが変わってしまいます。収入源を失った深刻な事態なのに、生活能力の乏しい黄美子も、計画性のない蘭も桃子もダラダラとすごしているだけ。必死に稼ぐ手段を模索する花は、黄美子の危ない友人たちから紹介された犯罪的な仕事に手を染めていきます。疑似家族の中で唯一経済感覚がある花は、家父長のような責任感を抱いてしまうんですね。しかしそのような生活が長く続くはずもありません。危ない大人たちの破綻に伴って、花たちの同居生活も無残な終わり方をするのでした。

 

そして現在。60歳を超えたはずの黄美子の犯罪記事を見つけてしまった現代の花の取る行動は、まるで老いた肉親と巡り合った娘のようです。ハッピーエンドなのかそうでないのか判然としないのですが、ついに実母を愛せなかった花は、黄美子の中に確かに「母」を感じていたのでしょう。

 

著者は本書について「全力でドタバタ生きるエネルギーを目撃したかった」と語っています。がむしゃらで、一生懸命で、計算高いようで大きなところが欠落している花の意識や行動は、まるで子供のようなのです。著者が花をセックスワークへと走らせなかったのは、そこを意識してのことなのでしょう。著者は「花に気づかせてはいけないことや、反省させちゃいけないことがたくさんあって、造形には最後まで気が抜けなかった」と語っています。中編である『乳と卵』で鮮烈なデビューを果たした著者は、意外にも長編向きの作家だったように思えます。

 

2023/12