りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

口ひげを剃る男(エマニュエル・カレール)

「ぼく、口ひげ剃っちゃおうかな?」。ふとした思い付きで10年間貯えていた口ひげを剃り落とした男が、悪夢的な悲劇に襲われてしまいます。はじめに相談したはずの妻のアニエスも、その晩夕食を共にした友人夫妻も、男に口ひげがなくなったことに全く触れないのです。はじめは妻が仕組んだいたずらで、皆が気付かないフリをしているだけかと思っていたのですが、男は次第に自分の記憶に自信を失っていくのでした。

 

はたして自分は本当に口ひげを生やしていたのか。昨晩友人たちと食事をしたのは事実なのか。妻とジャワに旅行したことはなかったのか。健在だと思っていた父親は亡くなっていたのか。男は次第に狂気へと追い込まれていきます。それとも記憶に問題があるのは妻のほうなのか。

 

やがて妻が精神科医のことを持ち出すに至って、男は全てが自分を精神病院に閉じ込められるための陰謀ではないかと思い込み、家から、そしてフランスから脱走。適当に選んだ飛行機で香港へ、そしてマカオへと向かうのですが、彼を待っていたのは更なる狂気と悲劇だったのです。

 

前半は、夫から狂っていると思い込まされる妻の物語であるヒッチコックの「めまい」を思わせます。しかし本書はハッピーエンドでもなければ、真相も明らかにはされません。若年性アルツハイマーとか、妄想と現実が錯綜する鬱病とか、男が精神的に病んでいるとの解釈が一般的なのでしょうが、私としては「支離滅裂なホラ話」ではないかと思っています。もっともフィクションは全てホラ話なんですけれどね。

 

2023/11