りぼんの読書ノート

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時間のないホテル(ウィル・ワイルズ)

世界中で開催される大規模見本市を飛び回るビジネスマンのニールが愛用するのは、巨大ホテルチェーンの「ウェイ・イン」です。あらゆる大都市で広大な空間を占有し、最新の設備を有して完璧なサービスを提供してくれるホテルの特徴は均一性。それはニールにとって快適なものでした。ある晩声をかけた謎めいた赤毛の女から奇妙な話を聞かされるまでは。

 

彼女は、世界中の「ウェイ・イン」内の部屋やスペースに掲げられた抽象画の写真を撮って集めているというのです。数万枚もある抽象画を組み合わせると巨大な1枚の画になるはずだというのですが、それは何を意味しているのでしょう。その話を聞いてから不思議なことが起こり始めます。いつまで歩いても端にたどり着かない廊下。何かを伝えようとしているかのように故障音をあげ続けるクロックラジオ。ホテルからの外出を阻む顧客や案内係やタクシー。やがて彼はホテルの支配人から奇妙な提案を受けるのでした。

 

自らが意思を持ち、住人や使用人を従属させる「館」なるものは、ゴチックホラーのひとつのテーマといえるでしょう。その多くは、ディズニーの「ホーンテッド・マンション」や「タワー・オブ・テラー」、キングの「シャイニング」、さらにはポーの「アッシャー家」やデュ・モーリアの「マンダレー」のように、日常から隔絶された不気味な閉所空間です。しかし本書のホテルは近代的で、没個性的で、多くの人々が利用する場所であるにも関わらず、恐怖の場所と化しているのです。これに匹敵するのは、世界各地の巨大空港くらいでしょうか。歩いても歩いても目的のゲートにたどりつけず、脱出も許されない空港というのも恐そうです。

 

2023/11