りぼんの読書ノート

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海炭市叙景(佐藤泰志)

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1990年に41歳の若さで自殺した悲運の作家の遺作です。昨年映画化されました。

海に囲まれた北の町「海炭市」を舞台に、人々の絶望や希望を鮮やかに切り取った18編の連作短編集は、「冬」と「春」がモチーフの各9編から成り立っていますが、もともとの構想は「四季36編」であったものの、作者の自殺で未完に終わりました。にもかかわらず、完成度の極めて高い作品です。

まず作品全体の世界観を定めた、冒頭の「まだ若い廃墟」が素晴らしい。炭鉱をクビになった兄と妹が、最後のコインでロープウェイに乗って初日の出を見に行くのですが、帰りの費用は一人分。歩いて下山するという兄を残してひとり戻った妹の前に、兄は二度と現れませんでした。異変が起きたのではないかと気づきつつも、何時間もロープウェイ駅で待ち続ける妹・・。

物語は、首都から故郷に戻った若夫婦、定年間近の路面電車運転手、立ち退きを拒み産業道路の横で豚を飼い続ける老婆、妻との不和に悩んでいるプラネタリウム職員、職業訓練校に通う中年男性、首都に出る日を夢見て空港の売店で働く若い女性・・と、次々に登場人物を変えて綴られていき、必ずしも暗い話ばかりではないのですが、やはり冒頭の作品が重くのしかかってくるのです。

時折登場する「首都」との絶望的な対比、市内の「開発」からも取り残される悲しさ、その「開発」ですら無為に終わろうとするやりきれなさ。普通の人々のこんな想いが、本書の中に満ちているように思えるのです。

「海炭市」のモデルは、作者が生まれ育った函館とのこと。函館には炭鉱はありませんが、次々と廃鉱になっていった北海道の炭鉱のイメージが、ここに凝縮されているのでしょう。

この小説が書かれたのは、後に「バブル」と言われるようになる時代。都会が煌びやかな輝きを放つ一方で、恩恵の訪れを待ち焦がれながら衰退していった地方都市の悲哀は、当時北関東の高校生だったあたしにも実感できます、それと、「何かに取り残されそうになっている」という焦燥感も・・。

そんなモノトーンの風景を描きながらも、読後に残るものは、著者が故郷に対して抱く深い愛情であり、故郷にしがみついて暮らす人々に対するいとおしさなんですね。そういう意味でも奇跡的な作品です。

2011/7