りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

機械仕掛けの太陽(知念実希人)

人類の新型コロナウィルスとの戦いにはまだ終わりは見えていません。新たな変異株が流行する兆しもあるようです。しかし2020年初頭から続いてきた未知のウィルスへの不安感はかなり収まり、「日常」への復帰も始まっています。ただしそれは「新しい日常」とでもいうものであり、今後も私たちの生活がコロナ以前に戻ることはないのでしょう。

 

本書は「戦場」に身を置いた医療従事者たちを主人公として、未知のウィルスとの「戦闘経過」を描きあげました。大学病院のコロナ病棟の担当者として最前線に立った、シングルマザーの椎名梓。同じ病院の救急部に勤務する、結婚をひかえた20代女性看護師の硲瑠璃子。地元に密着した医療を長年提供し続け、引退も考え始めた70代開業医の長峰邦昭。2020年初頭から2022年6月までの2年半の日々を時系列を追って綴られた作品は、当時の出来事や思いをまざまざと思い出させてくれます。

 

対岸の火事としか思えなかった中国での小さなニュース。横浜に滞留された豪華客船でのクラスター。オリンピックを優先したかのような政府の対策。マスク不足騒動とブルーインパルス。交互に繰り返された緊急事態宣言とGoTo政策。医療崩壊への不安を感じつつワクチン開発を待ち望んだ日々。ワクチン接種がいきわたらないまま1年遅れで開催されたオリンピック。ワクチンを巡る荒唐無稽なデマ。そしてコロナとの戦いも終息しない中で始まったロシアのウクライナ侵攻。

 

使命感を抱く医師や看護師たちも、自身や家族への感染を恐れる普通の人間です。終わりが見えない戦いに疲れ果て、混迷する政策に戸惑い、不安から生まれる差別に苦しみ、それでも戦場に立ち続けた者たちの物語はドラマチックです。著者自身も現役医師として現場に立ち続けたからこそ生み出すことができた作品なのでしょう。

 

2023/10