りぼんの読書ノート

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民王 シベリアの陰謀(池井戸潤)

内閣総理大臣の武藤泰山と、大学生のバカ息子・翔の人格が突然入れ替わってしまったドタバタコメディ『民王』の第2弾。経済小説の印象が強い著者ですが、「半沢直樹シリーズ」でも明らかなように、経済と政治は切り離せるものではありません。現代日本の政治を取り巻く状況にも言いたいことが溜まっているようで、かなり踏み込んだ内容を含んでいます。

 

未知のウィルスに突然感染したのは環境大臣とウィルス研究を専門とする大学教授。2人にはシベリアを訪問したという共通項がありました。危機を直感した泰山総理は、専門家による感染対策チームの設置、ウィルス検査体制の整備、さらには緊急事態宣言の準備を開始するなど素早い対応を取ったものの、国民の反応はいまひとつ。ポピュリストのライバル政治家の煽動や、陰謀論に乗せられた一般大衆の反対によって、十分な対策が取れないままウィルス感染者は増加していくばかり。なぜかウィルス抗体を有してしまった翔は、政治秘書官とともにシベリアへと飛ぶのですが・・。

 

本書に登場するウィルスは新型コロナではありません。人間の記憶や知能を低下させて凶暴化させる@ゾンビウィルス」なので、かなり怖いもの。しかも永久凍土が溶け始めたシベリアで発見された、もっと恐ろしいウィルスが既に日本に侵入しているようなのです。権謀術数や大衆迎合を否定し、誠実な論客にすぎない武藤泰山総理は、危機を克服できるのでしょうか。

 

著者が本書を執筆した動機は「人はどうして陰謀論を信じるのか」という命題への挑戦だったとのこと。しかしコロナを巡る状況の変化や、2021年初のアメリカ議会襲撃事件など、現実世界の異常さにあきれて一度は全てをボツにしかけたようです。ようやく書き上げた本書では、本来いい加減なキャラであった武藤泰山総理が立派な人物であるかのように描かれてしまったとのこと。「彼のような人物がまともな政治家に見えてしまうということこそが、我々が置かれている現実の真の恐ろしさであるといえるのかもしれない」と語る著者の本音が見える作品です。

 

2023/4