りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

残された人が編む物語(桂望実)

本書に登場する「行方不明者捜索協会」のモデルは、似た名前のNPO法人なのでしょう。行方不明者の問題を社会的な問題の一つとして考えて、SNSを利用し低コストで行方不明者の情報収集・拡散を行う組織があるとのこと。本書は残された家族や依頼人に寄り添う担当者の西山静香を中心に据えた連作短編集です。

 

「弟と詩集」

高齢の母を失った中年主婦が遺産相続手続きのために探し出した弟は、ホームレス生活の末に病死していました。正義感は強かったもののキレ安く、社会に適合できなかった弟はどのような人生をおくったのでしょう。生前の弟に関わった知人を訪ね歩いた主婦は、弟の優しい一面や、子供の頃に怪我をさせた姉への思いを知って涙します。それは彼女自身の夫や子供たちとの関係を見直すきっかけにもなったのです。

 

「ヘビメタバンド」

学生時代のバンド仲間が亡くなったのは自殺だったのでしょうか。彼が同性愛者だったことを知っていた友人には思い当たる節があったのですが、どうやら彼は自分の性癖と折り合いをつけて懸命に生きぬこうとしていたようです。それを知った男は、発達障害の息子にも正面から向き合うことができるのでしょう。

 

「最高のデート」

「すまない」との書置きを残して失踪した夫は、不倫相手からも愛想をつかされ、孤独な生活に疲れ果てて自殺していました。あらためて夫の知人を訪ね歩いた妻は、夫の生き方や自分への思いが欺瞞に満ちていたことをあらためて知るのです。それは彼女に悲しみよりも、娘とともに生き抜く覚悟を固めさせたようです。

 

「社長の背中」

退職後に苦境に陥って前の会社の女社長から金を借りた男が、ようやく返済できるようになった時には、会社も女社長もなくなっていました。しかし彼は、女社長が最後まで女傑としての矜持を貫き通していたことを知るのです。

 

「幼き日の母」

最終話は、これまで失踪者の家族や依頼人に寄り添ってき西山静香の母親の失踪の話でした。なぜ母は幼い娘を置いて消息を絶ってしまったのでしょう。著者が本書を綴った真意は、本音静香の夫の言葉に要約されているようです。「真実なんて誰にもわからないんだよ。だったら好きな物語を、大切にしていけばいいじゃないか。その物語のお陰で、過去に囚われずに生きてこられたって思っている。だからいいんだよ。真実なんてどうだって。好きな物語を大切にすればいい」。残された者は喪失感を乗り越えていかなければならないのですから。

 

2023/8