文藝春秋社で『諸君!』や『文學界』の編集長を務めた経歴を有する「昭和史の達人」が、満州国について記した作品です。ただし既に書き尽くされた感のある満州国の建国期と崩壊期は避け、満州国13年の歴史の中で比較的安定していた時期に焦点を合わせています。映画の「グランドホテル形式」に倣った、満州国に滞在歴のある36人の列伝から見えてくるものは何なのでしょう。国籍法を定めなかった満州国においては、全ての日本人は「ゲスト」にすぎないのです。ひとりひとりの内容まで踏み込むと長くなるので、タイトルだけ列挙しておきます。
3.「満洲国のゲッベルス」武藤富男が、満映理事長に甘粕正彦を迎える
4.「満洲の廊下トンビ」小坂正則 ― その人脈と金脈
13.「民族協和する」古海忠之の満州国13年と獄中18年
14.「甘粕の義弟」星子敏雄の満州と熊本
15.型破りの「大蔵官僚」難波経一 満州国「阿片」専売担当、そして「バタ屋の親父」へ
16.「武部六蔵日記」の満州国首都、宴会漬けの日々
17.「快男児」大達茂雄総務庁次長 ― 関東軍と大喧嘩した日系官吏のトップ
18.「満州事変の謀略者」板垣征四郎の「肚」と「頭」と「手」
20.「満州国に絶望した」衛藤利夫・満鉄奉天図書館長の「真摯なる夢」
21.国際聯盟脱退、松岡洋右全権の「俺は完全に失敗したよ」
22.「ゴム人形」内田康哉の「焦土外交」が破裂するとき
23.ヒゲの「越境将軍」林銑十郎 ― 死罪か総理大臣か
24.「満州はわが輩の恋人じゃよ」 ― 小磯国昭関東軍参謀長の満州国「改造」
25.関東軍の岩畔豪雄参謀、陸軍大尉の分際で、会社を65も設立す
26.「童貞将軍」植田謙吉関東軍司令官、ノモンハン「敗軍の将」として帰還す
27.「事件記者」島田一男と「ねじまき鳥」村上春樹の「国境線へ行く」
28.「オッチャン」芥川光蔵の映像が伝える満州の詩情と国策
29.初代「植民地の大番頭」駒井徳三の「大志」と「少志」
30.匪賊に襲撃された矢内原忠雄教授の東京帝大ネットワーク
31.長春→奉天→北京の小澤さくら ― 夫は小澤開作、息子は小澤征爾
34.新京「役人街の少年」木田元の山形人脈
35.小暮三千代 ― 新京での不倫、妊娠、新婚生活、凄腕の夫・和田日出吉
登場人物は、政治家、官僚、軍人、財界人、学者、新聞記者、文学家、文化人、映画人、壮士と多彩であり、それぞれの主義主張や立場も異なっています。ただひとつ皆に共通しているのは、それぞれの思想信条や理想の違いこそあれ、満州にかけた夢や思いが挫折に終わったということなのでしょう。それは「五族協和」や「王道楽土」などの美辞麗句を信じた者だけではないのです。
2023/8