りぼんの読書ノート

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ええじゃないか(谷津矢車)

大政奉還前夜、史上最大の乱痴気騒ぎとされる「ええじゃないか」ななぜ起こったのでしょう。時代小説に新風を吹き込んだ著者が、新たな切り口で幕末の騒動を綴りました。

 

発端は三河国だったのでしょうか。伊勢の御師が撒いたお札をきっかけとして起こった臨時祭礼。大半は若者たちの憂さ晴らしや、村人たちの気分転換にすぎず、打ちこわしにまで発展したものはむしろ例外だったようです。しかしそれを金儲けのネタにしようとした者が現れます。本書でその役割を担うのは、一筋縄ではいかない老婆と、後先を考えないやくざ者と、出自不明の童子という奇妙な3人組。そして彼らを追跡するのは、ご公儀の命を受けた新米御庭番と御用町人の娘。

 

彼らの移動に伴って、騒動は京に飛び火します。3人組は坂本龍馬に雇われて騒ぎを起こし、御庭番らは新選組とともに取締にあたりますが、騒動は次第に制御不能となっていくのでした。やがて大政奉還竜馬暗殺鳥羽伏見の戦いへと向かう大きな歴史のうねりの中で、彼らはどう身を処していくことができるのでしょうか。

 

著者は「天下に人なし、ええじゃないか」の煽り文句を取り上げて、「やがて世の中は、天下に人がないことを許容する。恐るべき時代へと流れ着く」と本書を結んでいます。「ええじゃないかは、やがて来る血みどろの新時代を予見した一幕だったのだ」と。イデオロギーや独裁者や宗教が起こす、戦争や統制や建前からはみ出た人々の本音を拾い上げることこそ一流の戯作者がなしえる術ではあっても、不幸の総量が閾値を超えてしまっては戯作者の出番すらなくなってしまうのです。

 

2023/8